FIREを目指し始めたときには、おそらくかなり明確な理由があったはずです。
会社に人生を縛られたくない。満員電車から降りたい。嫌な人間関係から距離を取りたい。仕事を辞めても生活できるだけの金融資産を作り、給料のためだけに働き続けなくてもいい状態になりたい。
そこから生活費を見直し、新NISAで積立投資を始め、固定費を削り、ボーナスもなるべく資産形成へ回す。FIREに必要な資産はいくらなのか計算し、毎月の資産額を記録するようになった人もいるでしょう。
数年続ければ、成果も見えてきます。貯金500万円だった人が1,000万円になり、1,000万円だった人が2,000万円、3,000万円へ近づいていく。
以前なら会社を辞めればすぐ生活に困ったのに、数年分の生活費を金融資産だけで賄えるところまで来る。
ここまでは、かなり順調です。ところが、その途中で人生の方が変わることがあります。
異動したら仕事が少し楽になった。以前ほど会社が嫌ではなくなった。完全に働かない生活より、週3日くらい働く方が自分には合っている気がしてきた。
年齢を重ねるうちに、最短でFIREすることより、旅行や健康、親との時間、今しかできない経験へお金を使いたくなった。
すると、少し困った感情が出てきます。「でも、ここまでFIREのために頑張ってきたんだから、今さらやめるのはもったいない…」。
FIREを諦めたら負けなのではないか。途中でFIREをやめたら、それまでの節約や投資は何だったのか。3,000万円まで貯めたのだから、ここから5,000万円まで行かなければ意味がないのではないか。
これが今回のテーマです。FIREは本来、人生の選択肢を増やすための計画です。それなのに長く続けるうちに、「FIREを達成しなければ、それまでの努力が無駄になる」という新しい義務へ変わってしまうことがあります。
会社に縛られないために始めたFIREが、今度は「FIREという目標そのものから降りられない状態」を作ってしまう。この記事では、そんな状態を分かりやすく「FIREサンクコスト」と呼びます。
結論から言えば、FIREを途中でやめても、完全FIREを諦めても、それだけで失敗になるわけではありません。
なぜなら、FIREという最終目的地へ行かなくても、途中で作った金融資産、投資習慣、低い固定費、家計管理能力、会社への依存を減らした状態は、そのまま残るからです。
むしろ注意したいのは、「過去に費やした時間や努力を無駄にしたくないという理由だけで、これから先の5年、10年まで同じ目標へ投入してしまうこと」です。
- FIREを途中でやめると、なぜ「失敗した」と感じるのか
- サンクコストとは「取り戻せない過去」が未来の判断へ入ってくること
- FIREは、ほかの目標よりサンクコストが積み上がりやすい
- FIREには「早期退職」と、その一段上の目的がある
- FIREをやめても何が残るのか|実は成果の大半は消えない
- FIREをやめても、資産形成までやめる必要はない
- 「ここまで貯めたから」が出てきたら、一度だけ問い直す
- 40代独身は、10年前の自分の計画を守りすぎなくていい
- 「続ける・やめる」は過去ではなく、これからの5年で考える
- 「目標をやめる力」も、目標を達成する力の一部
- FIREは「する・しない」の二択ではなく、会社依存を薄めていく連続線
- 年に一度、「今日初めてFIREを知ったとしても同じ計画を選ぶか」と考える
- 「FIREを諦めた」と「FIREを卒業した」は、同じ出来事ではない
- まとめ|FIREを途中でやめても、それまで作った自由は消えない
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FIREを途中でやめると、なぜ「失敗した」と感じるのか
FIREには、普通の資産形成とは少し違う特徴があります。ゴールが非常に見えやすいことです。
「55歳までに5,000万円」、「年間生活費240万円」、「生活費の25倍を作る」、「資産の4%以内で生活する」など、数字で目標を作れるため、進捗状況まで把握しやすい。
資産1,000万円なら、目標5,000万円まであと4,000万円。3,000万円ならあと2,000万円。
55歳まであと7年といった具合に、会社員人生に「出口まであと何キロ」という標識を置くことができます。
これはFIREの大きな魅力です。漠然と「いつか会社を辞めたい」と考えているだけでは何も変わりませんが、目標資産と目標年齢があれば、今日から何をすればいいのかが見えてくるからです。
一方で、ゴールが明確だからこそ、途中でゴールを変えることが難しくなります。
5年間節約した。7年間投資した。何度も欲しいものを我慢した。FIREについて何百時間も調べた。周囲にも「55歳くらいで辞めたい」と話した。
ここまで来ると、FIREは単なる資産計画ではなく、少しずつ自分自身の物語になります。
「自分はFIREを目指している人間だ」、「会社員人生から脱出するために頑張っている」、「この生活を続ければ、いつか自由になれる」、そんな自己イメージまで出来上がると、目標変更は単なる計画変更では済まなくなります。
「FIREをやめる」と言った瞬間に、「自分は途中で逃げたのではないか」、「今までの努力を否定することになるのではないか」という感情が出てきます。
でも、人生計画は契約書ではありません。45歳の自分が合理的に決めたことを、55歳の自分が絶対に守らなければならない理由はない。
仕事も資産も健康も家族の状況も変わるのですから、合理的な答えまで変わる方が自然です。
サンクコストとは「取り戻せない過去」が未来の判断へ入ってくること
ここで、サンクコストという考え方を整理しておきます。
サンクコストは日本語では「埋没費用」と呼ばれます。すでに支払ってしまい、今後どの選択をしても取り戻すことのできないお金、時間、労力などを指します。
たとえば10万円で買った年間パスポートがあるとします。行ってみたら思ったほど楽しくなかった。休日は別のことをした方が満足できる。
それでも、「10万円払ったのだから、行かないともったいない」と考え、休日をそこへ使い続ける。
でも10万円は、行っても行かなくても戻ってきません。
本来比較すべきなのは、すでに払った10万円ではなく、「これから使う休日をどこへ使えば最も満足できるか」です。
心理学者Hal ArkesとCatherine Blumerが1985年に発表した研究でも、人はお金、時間、努力をすでに投入した活動ほど、その後も継続しやすくなる傾向が示されています。
研究では、支払ったコストが大きいほど、その活動を続けようとする行動が強まるケースも確認されました。
もちろん、「過去は全部無視すればいい」という話ではありません。
過去の経験から得た知識は、未来の判断材料になります。
FIREを5年間目指した人なら、自分の生活費がいくらなのか、どのくらい節約すると苦しくなるのか、相場が下がったとき自分がどれくらい不安になるのか、以前よりずっと分かっているでしょう。
それは立派な成果です。サンクコストになるのは、過去の経験を参考にすることではありません。
「ここまで頑張ったから」という事実そのものが、「これからも続ける理由」になったときです。
「今でもFIREしたいから続ける」と、「ここまでFIREを目指したから今さらやめられない」は、見た目は似ています。でも中身はかなり違います。
FIREは、ほかの目標よりサンクコストが積み上がりやすい
FIREはサンクコストが生まれやすい目標だと思います。理由は、達成までが長いからです。
数カ月頑張れば終わる目標ではありません。年収、生活費、開始年齢にもよりますが、5年、10年、場合によっては20年近く資産形成を続ける人もいるでしょう。
その間に投入するのは、お金だけではありません。住居を安くする。車を持たない。外食を減らす。旅行を控える。ボーナスを投資へ回す。新NISAを埋める。投資について勉強する。転職するかどうかまでFIRE予定年齢から逆算する。
こうして何年も続けていると、FIREは「将来やりたいこと」の一つではなく、「現在の人生を決める基準」になります。
ここが投資商品の損切りより難しいところです。株なら売却すれば終わります。
FIREには、お金だけではなく、時間、我慢、生活習慣、自分の価値観まで入っています。
だから10年間FIREを目指した人が、「やっぱり完全FIREじゃなくてもいいかもしれない」と思った瞬間、「では、この10年は何だったのか」という疑問が出てくる。
でも、この問いには少し罠があります。10年間で3,000万円を作ったなら、その3,000万円は消えません。
生活費を年間300万円から240万円へ落とせるようになったなら、その能力も残ります。
投資習慣も残る。金融知識も残る。会社がどうしても嫌になったとき、「すぐには生活に困らない」という選択肢も残る。
つまり、FIREという目的地まで行かなかったからといって、途中で手に入れたものまで消えるわけではありません。
むしろ、FIREは最終到達点よりも、途中で積み上がるものがかなり多い目標です。
FIREには「早期退職」と、その一段上の目的がある
ここで一度、「FIREする」とは何なのかを分けて考えてみます。
FIREはFinancial Independence, Retire Earlyの略なので、言葉どおりなら経済的自立と早期退職です。
でも多くの人が本当に欲しいのは、「○歳で会社員を辞めたという実績」、そのものではないはずです。
会社を辞めても生きていける。嫌な仕事を断れる。人間関係が耐えられなくなったら逃げられる。健康を崩したとき、無理して働かなくてもいい。自分の時間を、自分で決められる。こうした状態が欲しいからFIREを目指しているはずです。
つまり、「55歳で退職する」は手段や具体的な目標で、その一段上には「会社に人生を支配されない」という目的があります。ここを分けておくと、かなり楽になります。
たとえば完全FIREをやめても、週3日勤務へ変えれば自由時間は増える。年収が少し下がる仕事へ転職すればストレスは減る。今の会社に残りながら、嫌な異動や昇進を断れるだけの資産を持つこともできる。
そうなれば、Retire Earlyはしなかったけれど、「Financial Independenceの効果は使っている」という状態になります。
これを「FIRE失敗」と呼ぶ必要があるでしょうか。むしろ、FIREという方法を使って、自分が本当に欲しかった自由だけを取り出したとも言えます。
目的と手段を分けず、「FIREする=会社員を完全に辞める」だけで考えると、達成か失敗かの二択になります。
でも一段上の目的を見ると、「完全FIREをやめても、自由まで諦める必要はない」ことが分かります。
FIREをやめても何が残るのか|実は成果の大半は消えない
FIREを途中でやめることが怖い最大の理由は、「それまでの努力が全部無駄になる」と感じることです。
では実際に、FIREを途中でやめたら何が失われ、何が残るのでしょう。整理すると、意外なほど多くのものが残ります。
| FIREを目指して得たもの | 完全FIREをやめた後 |
|---|---|
| 金融資産 | そのまま残り、老後資金や働き方の選択肢になる |
| 投資習慣 | 積立額を減らしても続けられる |
| 低い固定費 | 必要な給与水準そのものを下げられる |
| 生活防衛資金 | 転職・休職・退職への耐久力になる |
| 家計管理能力 | 老後や資産取り崩しにも使える |
| 金融知識 | NISA・投資・年金などの判断に残る |
| 会社への心理的依存の低下 | 「嫌なら辞めてもいい」という交渉力になる |
| FIREについて考えた時間 | 自分がどんな生活を望むかを知る材料になる |
たとえば完全FIREを目指して4,000万円まで資産を作った人が、「やっぱり会社員を続けよう」と決めたとします。
FIREだけを基準にすれば、目標未達かもしれません。でも金融資産4,000万円を持つ会社員と、預貯金100万円しかない会社員では、会社との関係が同じとは言いにくいでしょう。
嫌な部署へ異動しても、転職を検討できる。昇進を断っても、収入減への耐久力がある。半年ほど休む選択肢も取りやすい。年収が100万円下がる代わりに、ストレスの少ない仕事へ移ることもできる。
会社がどうしても嫌になれば、その時点で改めて辞めればいい。これはかなり大きな違いです。
FIREの価値は、一生働かなくても済むことだけではありません。
「働かなければ生きていけない」状態から、「どのくらい働くかを選べる」状態へ近づくことにもあります。
だから完全FIREを撤回することは、「FIREの成果を捨てることではなく、その成果の使い道を変更すること」と考えた方が実態に近い場合があります。
FIREをやめても、資産形成までやめる必要はない
FIREをやめる。投資をやめる。節約をやめる。この三つは別の判断です。
完全FIREを諦めたからといって、新NISAまで売却する必要はありません。
毎月12万円投資していたなら、5万円へ減らしてもいい。残り7万円を旅行や趣味、健康、今しかできない経験へ使いながら、長期投資だけ続けてもいい。55歳で6,000万円を作る計画を、65歳までに十分な老後資産を作る計画へ変更してもいい。
完全FIREを目指していた頃は、「資産形成を最速で進める」ことが合理的だったかもしれません。
でもゴールを変えれば、合理的な投資額も変わります。
大切なのは、「以前決めた投資額を守ることではなく、今の目的に合った資産形成へ更新すること」です。
▶ 投資はいつまで続ける?|FIRE民がハマる「資産形成のオーバーラン」 / FIRE計画の羅針盤
資産形成を続けることと、資産形成を最優先にし続けることも同じではありません。
FIREというゴールを変えたなら、お金の増やし方と使い方のバランスまで変えていいのです。
「ここまで貯めたから」が出てきたら、一度だけ問い直す
FIREサンクコストを見つけるとき、分かりやすい言葉があります。それが、「ここまで○○したから」です。
ここまで3,000万円貯めたから。ここまで5年間節約したから。ここまで会社を辞めるために頑張ったから。ここまでFIREの記事や本を読んだから。この言葉が出たら、一度だけ考えてみる価値があります。
もちろん、今でもFIREしたいのであれば何の問題もありません。
会社を辞めたい理由が明確で、FIRE後にやりたいことがあり、節約や投資にも無理がない。
資産形成自体も楽しめているなら、そのまま進むべきです。
問題になるのは、「未来に欲しいものではなく、過去に費やしたものだけが続ける理由になっている場合」です。
たとえば仕事がかなり楽になり、休暇も取れ、給与にも大きな不満がなくなった。それでも、「55歳FIREと決めたから、55歳では絶対辞める」と思う。
逆に会社員生活がかなり苦しくなり、体調まで崩し始めているのに、「目標5,000万円まであと500万円だから、それまでは辞めてはいけない」と考える。
どちらにも共通しているのは、「昔決めた計画が、現在の自分より強くなっていること」です。
▶ FIREの目標年齢はどう設定する?|「○歳までに○万円」と決めすぎる“締切FIRE”の罠 / FIRE計画の羅針盤
FIRE予定年齢も目標資産額も、未来を考えやすくするための道具です。
道具を守るために人生を変えるのではなく、人生が変わったら道具の方を更新した方が自然です。
40代独身は、10年前の自分の計画を守りすぎなくていい
40代でFIREを考えている人には、20代や30代とは少し違う事情があります。
人生の条件がかなり具体的になってくる年代だからです。
35歳の頃は、「あと20年会社員なんて絶対無理」と思っていた人が、45歳では仕事内容や人間関係が変わり、それほど苦痛ではなくなっていることがあります。
逆もあります。若い頃は仕事に大きな不満がなかったのに、40代になって管理職、役職定年、親の介護、健康問題、職場の人間関係などが重なり、初めて「会社から離れる選択肢が必要だ」と考える人もいるでしょう。つまり、自分も会社も変わります。
独身の場合、配偶者や子どもの都合へ合わせる必要が少ない分、働き方を変更しやすい面があります。
地方へ移る。年収の低い仕事へ転職する。週4日勤務にする。一度仕事を休む。
反対に、資産が十分あっても今の会社へ残る。こうした判断を比較的自分だけで決めやすい。
一方で、独身だからこそ収入源が一つになりやすく、病気や老後のリスクを一人で負う必要もあります。
だから、「独身なら完全FIREすべき」でも、「独身だから会社員を続けるべき」でもありません。
大事なのは、「45歳の自分が、35歳の自分が決めた目標へ忠誠を誓う必要はない」ということです。
10年前とは資産も違う。体力も違う。仕事も違う。会社も違う。親の状況も違う。自分が楽しいと思うことまで変わっているかもしれません。条件が変わったなら、計画まで変わる方が自然です。
FIRE計画は人生に合わせて更新するものです。人生をFIRE計画に合わせ続けるものではありません。
「続ける・やめる」は過去ではなく、これからの5年で考える
では、FIREを続けるか、途中でやめるか、どう判断すればいいのでしょう。
私は、過去の努力を一度横へ置いて、「これから先の価値」を見た方がいいと思います。
| 確認すること | FIRE継続へ傾く状態 | 目標変更を考えたい状態 |
|---|---|---|
| 仕事への気持ち | 今も会社を辞めたい理由が明確 | 働くことへの不満がかなり減った |
| FIRE後の生活像 | 自由時間に使いたい目的がある | 会社を辞めることだけが目的になっている |
| 現在の生活 | 無理なく節約・投資を続けられる | 今の生活や健康を削りすぎている |
| 資産形成の目的 | 選択肢を増やすために続けている | 残高を増やすこと自体が目的になった |
| 未来の時間 | これからも数年使う価値を感じる | 過去に費やした年月だけが継続理由になっている |
最後の項目が特に重要です。仮にこれまで7年間FIREを目指したとしても、「これから先の5年間を、今でもFIREのために使いたいか」という問いには、過去7年間は直接関係ありません。
これからの5年は、まだ使っていない時間です。完全FIREへ近づくために使ってもいい。仕事を少し減らすために使ってもいい。旅行へ使ってもいい。転職して新しい仕事を経験してもいい。何もしなくてもいい。
問題は、「どの未来へ、これからの5年間を投資したいのか」です。
サンクコストの考え方は、過去を軽視するためのものではありません。
むしろ、過去に使った時間のせいで、これから使える時間まで自動的に決まってしまわないようにするための考え方です。
「目標をやめる力」も、目標を達成する力の一部
日本では特に、「一度決めたことは最後までやり抜く」ことが美徳として語られやすいと思います。
継続は力なり。諦めたら終わり。努力を続ければいつか報われる。もちろん、粘り強さは大切です。
何かを始めて少し苦しくなっただけで毎回やめていたら、長期の資産形成などできません。
ただし心理学では、粘り強く一つの目標を追い続けることだけでなく、限られた時間や資源の中で、必要に応じて目標から離れたり、新しい目標へ移ったりすることも、目標追求の一部として研究されています。
2024年にNature Reviews Psychologyへ掲載されたレビューでは、人は複数の目標を同時に持ち、時間や資源には限界があるため、ときには特定の目標から離れること自体が合理的な調整になり得ると整理されています。
さらに2025年のNature Human Behaviourのメタ分析では、235研究・1,421の効果量を対象に、目標から離れること、別の目標へ再び取り組むこと、目標追求を柔軟に調整することが分析されました。
新しい目標へ再び関わる「reengagement」は、生活満足度や目的意識などの指標と正の関連を示しましたが、研究全体のエビデンスには異質性が大きく、質も低~中程度と評価されています。したがって「目標を諦めれば幸福になる」と単純化できる研究ではありません。
この慎重な距離感は、FIREにも合っています。FIREを続ける。FIREをやめる。どちらが正解という話ではありません。
大切なのは、「続ける理由が現在にもあるのか」、そしてやめるなら、「次に何を大切にするのか」ということです。
完全FIREをやめて、サイドFIREへ変える。55歳退職を60歳へ変える代わりに、旅行や趣味へお金を使う。高収入を追うことをやめ、ストレスの少ない仕事へ移る。会社員は続けるけれど、昇進を追わず、自由時間を増やす。
これは、「目標を失った」というより、「同じ上位目的へ行くルートを変更した」と考えることもできます。
FIREは「する・しない」の二択ではなく、会社依存を薄めていく連続線
FIREを考えるとき、「会社員」・「完全FIRE」、この二択で考えがちですが、現実には、その間にかなり広い世界があります。
金融資産3,000万円を持ちながら正社員を続ける人もいる。週5日から週4日に減らす人もいる。責任の重い役職を降りる人もいる。年収を下げてでも楽な会社へ転職する人もいる。サイドFIREで年間100万円だけ働く人もいる。
そのどれも、「完全FIREではない」という理由だけで価値がなくなるわけではありません。
たとえば会社へ100%依存していた状態が、資産形成によって70%になる。さらに資産が増えて50%になる。週3勤務に変えて30%になる。完全FIREなら限りなく0%へ近づく。こうして見ると、自由は0か100かではなく、かなり連続的です。
▶ 正社員を続けながら「辞めないFIRE」は可能?|ブラック企業・ホワイト企業で変わる“辞めない戦略” / FIRE計画の羅針盤
資産を作ったからといって、必ず会社を辞めなければならないわけではありません。
資産を「退職するためのお金」ではなく、「嫌な条件を受け入れなくても済む交渉力」として使うこともできます。
完全FIREへ到達しなくても、会社への依存度が100%から50%へ下がったなら、人生はすでにかなり変わっています。その地点で、「これでも十分だ」と思えるなら、それも一つの答えです。
年に一度、「今日初めてFIREを知ったとしても同じ計画を選ぶか」と考える
FIRE計画を毎月見直す必要はありません。株価が下がるたびに「FIREを諦めよう」と思い、上がれば「やっぱりFIREだ」と戻っていたら、それこそ人生が相場に振り回されます。だから年に一度くらいで十分です。
そのとき、一つだけ面白い質問があります。「もし今日初めてFIREという考え方を知ったとしても、現在の自分は同じ目標を選ぶだろうか?」、これです。
過去に何年続けたか。いくら投資したか。周囲へ何と言ったか。SNSに何を書いたか。それらを一度全部横へ置きます。
そして、現在の資産。現在の仕事。現在の健康。現在の生活費。現在の家族状況。現在やりたいこと。だけを見る。
それでも、「55歳完全FIREを目指したい」なら、そのまま続けるべきです。
「今なら60歳まで働いてもいいと思う」なら、変えていいです。
「完全FIREより週3日労働がちょうどいい」なら、サイドFIREへ変えていいです。
「もうFIREという言葉自体に興味がなくなった」なら、それも構わないです。
重要なのは、「過去の自分にとって正しかった計画と、現在の自分にとって正しい計画が違ってもいい」と認めることです。
計画を守ること自体が目的になった瞬間、計画は人生を助ける道具ではなくなります。
「FIREを諦めた」と「FIREを卒業した」は、同じ出来事ではない
「FIREを諦めた」という言葉には、どうしても敗北感があります。
資産が足りなかった。根性がなかった。節約を続けられなかった。会社を辞める勇気がなかった。そんな意味に聞こえやすいです。
でも実際には、「FIREを目指した結果、FIREしなくても困らない状態まで来た」というケースもあります。
会社が嫌なら辞められる資産がある。でも今は、そこまで会社が嫌ではない。だから働く。
これは、「辞められないから働く」のとはまったく違います。
資産がなければ、会社員を続ける以外に現実的な選択肢がなかった。
資産を作ったから、辞めてもいい。続けてもいい。転職してもいい。休んでもいい。という状態になった。
そしてその中から、「今は働く」を選んでいる。これはFIREの失敗でしょうか。
むしろ、「働かなければならない状態から、働くかどうかを選べる状態へ移った」という意味では、経済的自立にかなり近づいています。
FIRE前は「働かなければならない」、完全FIREなら「働かなくてもいい」。
その間には、「働かなくてもいいけれど、働いてもいい」という状態があります。
私は、この状態もかなり自由だと思います。FIREという言葉にはRetire Earlyが入っているため、どうしても「会社を辞めたかどうか」で成功を測りたくなります。
でも経済的自立の価値は、退職した実績ではなく、「辞めるか続けるかを、自分で決められること」にあります。
まとめ|FIREを途中でやめても、それまで作った自由は消えない
FIREを目指すのを途中でやめる。完全FIREを諦める。目標年齢を変える。資産目標を変える。
こうした行動には、どうしても「失敗」という言葉がつきまといます。
何年も節約した。何年も投資した。生活をFIRE仕様へ変えた。
だから、「ここまでやったのにやめたら、全部無駄になる」と思う。
でも、それこそがFIREサンクコストの入口かもしれません。
サンクコストとは、取り戻せない過去への投入が、これからの判断まで縛ることです。
過去に5年間FIREを目指したことは変えられませんが、これから先の5年をどう使うかは、まだ決められます。
そしてFIREの場合、途中まで積み上げた成果の多くは残ります。
金融資産だけではありません。投資習慣や低い固定費、生活防衛資金、家計管理能力も残ります。
さらに、「会社がどうしても嫌なら辞められる」という心理的余裕や、働き方を選びやすくなった状態まで残ります。
だから、FIREをやめても、「FIREを目指して作った自由」までは消えません。
判断するときに見るべきなのは、「ここまで何年頑張ったか」ではなく、「ここから何年、この目標へ使いたいか」です。
今でも完全FIREしたいなら、そのまま進めばいい。以前ほど会社を辞めたくないなら、会社員を続けてもいい。少しだけ働きたいなら、サイドFIREへ変えてもいい。今しかできないことへお金を使いたいなら、積立額を減らしてもいい。FIREという目標自体をやめても、資産形成だけ続けることもできます。
人生は、一度決めた計画を最後まで守る競技ではありません。
そもそもFIREを目指した理由が、「人生を自分で選べるようにすること」だったはずです。
それなら、FIREを続ける自由だけでなく、FIREをやめる自由も持っていていいはずです
会社というルールから自由になるために始めたFIREが、今度はFIREというルールから降りられない状態を作ったら、本末転倒です。
FIREを途中でやめることは、必ずしも諦めではありません。人生が変わったから、計画も更新した。それだけのことかもしれません。
そして何年もFIREを目指した結果、「もう会社を辞めなくてもいい。でも、いつでも辞められる」と思えるところまで来たなら、それも十分に、FIREを目指した成果なのだと思います。
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※本記事で使用している「FIREサンクコスト」は、心理学・行動経済学・金融実務上の正式な用語ではなく、一般的なサンクコスト効果をFIRE計画の見直しへ当てはめて説明するための本記事上の表現です。
※サンクコストや目標調整に関する研究は、一般的な意思決定や目標追求を扱ったものであり、FIREを中止・継続することの優劣を直接示すものではありません。本記事では、人生設計を考えるための補助的な視点として紹介しています。
※FIRE、早期退職、資産形成、投資、退職時期の判断は、年齢、資産額、収入、生活費、住居、健康状態、年金、税金・社会保険、家族構成、働き方などによって異なります。株式、投資信託、ETFなどの金融商品には元本割れ等のリスクがあり、将来の運用成果は保証されません。



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