「あと1年働けば、500万円くらい資産を増やせる」、FIREが現実的に見えてきた頃、この一言はものすごく強くなります。
給料をあと1年もらえる。ボーナスもある。その間は金融資産を取り崩さずに済み、相場が順調なら運用益まで期待できる。
会社を辞めるのを1年先延ばしするだけで資産が数百万円増えるなら、「もう少し働いた方が得なのでは」と考えるのはごく自然です。
私自身、FIREについて考えるほど、この「あと1年」は厄介だと思うようになりました。
なぜなら45歳で「あと1年働けば500万円」と考えて46歳まで働いたとしても、46歳になれば再び「あと1年働けば500万円」が現れるからです。
47歳でも48歳でも、給料がプラスである限り同じ理屈は成立します。
しかも40代になれば、20代の頃より給与が高くなっている人も多いです。
せっかくここまで年収が上がったのに辞めるのはもったいない。退職金ももう少し増えるかもしれない。厚生年金も増える。ボーナスをあと一回もらってからでも遅くない。
そう考えているうちに、FIREするために貯めていたはずの資産が増え続け、FIREする時期だけが後ろへ動いていきます。
そんなとき、参考になるのが「DCF法」です。
DCF法は本来、「企業や事業が将来生み出すキャッシュフローを現在価値へ割り引いて評価するときに使われる考え方」です。将来の100万円と今日の100万円を、同じ100万円として扱わないわけです。
では、ここで少し変な疑問が出てきます。
未来のお金はDCF法で割り引いて考えるのに、なぜFIREを考えるときの「あと1年働けば500万円」は、ほぼ額面の500万円として評価してしまうのでしょうか。
そしてもう一つ。その500万円を手に入れるために差し出す「45歳の1年間」の本当の値段はいくらでしょうか。
今回はDCF法の「未来のお金を現在価値で考える」という発想を借りながら、FIRE・早期リタイアを目指す40代がハマりやすい、「未来のお金を大きく見積もり、現在の時間を小さく見積もる問題」について考えてみます。
計算を進めていくと、最後にはDCF法でも計算できないものが残ります。
そこに、FIREする時期を考えるヒントがあるように思います。
- DCF法で未来のお金を割り引くと何が変わるのか
- 「あと1年働く」が金銭的に強い選択なのは事実
- DCF法で見えてくるのは「未来のお金」だけではない
- FIRE民は未来のお金より「今の時間」を割り引きすぎている?
- 「あと1年」は一度しか来ないと思うから危ない
- 45歳の500万円と55歳の500万円は同じ。でも45歳の1年と55歳の1年は同じか
- DCF法は未来のお金を割り引けても「自由の現在価値」は計算できない
- 「未来のお金を高く見積もる罠」は給与だけではない
- 給料という「見えない資産」は確かに大きい。だからこそ扱いを間違えやすい
- 生涯賃金を最大化したらFIREは永久にできない
- 「あと1年働けば500万円」を年齢ではなく生活の変化で判断する
- DCF法でFIREを考えるなら「一点予想」よりシナリオ比較が向いている
- FIRE直前に一度だけ「追加投資ゼロ」の世界を作ってみる
- 「あと1年働く」を選ぶなら、その1年に名前を付ける
- 退職延期のROIは給与だけで決められない
- 「今辞めるのはもったいない」は、何歳まで続くのか
- 「働かない1年」は消費ではなく、資産を使って買うものかもしれない
- DCF法で考えても、最後の退職判断は数式では決められない
- 「FIREできるのに働く」と「FIREできないから働く」は全く違う
- FIRE直前に使いたい「あと1年」5つの質問
- FIREの成功指標を「資産最大化」だけにしない
- まとめ|未来のお金は割り引くのに、今の1年を0円にしない
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DCF法で未来のお金を割り引くと何が変わるのか
DCFは「Discounted Cash Flow」の略で、将来生み出されるキャッシュフローを一定の割引率によって現在価値へ戻し、企業や事業などの価値を考える方法です。
野村證券の用語解説でも、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を評価する手法として説明されています。
ここで重要なのは複雑な企業価値評価の計算方法ではなく、「いつ受け取るお金なのかによって価値は違う」という考え方です。
例えば割引率を年3%と仮定し、将来受け取る500万円を現在価値へ単純に戻してみます。
| 500万円を受け取る時期 | 割引率3%で見た現在価値 |
|---|---|
| 1年後 | 約485万円 |
| 5年後 | 約431万円 |
| 10年後 | 約372万円 |
| 20年後 | 約277万円 |
| 30年後 | 約206万円 |
同じ500万円でも、30年後にもらう500万円と今日の500万円は同じではありません。
現在のお金なら運用することもできますし、将来のキャッシュフローには不確実性もあります。
そのためDCF法では、遠い将来のお金ほど現在価値が小さくなります。
もっとも、「あと1年働く」を考える場合、500万円は何十年も先ではありません。
仮に1年後にもらう500万円を3%で割り引いても、現在価値は約485万円です。
たった15万円しか減らないではないか。だったらやっぱり1年働いた方が得じゃないか。そう思うかもしれません。DCF法を使ったからといって、「FIREするなら今すぐ辞めた方が得」という答えが出るわけではありません。
むしろ純粋にお金だけを見れば、もう1年働く経済価値はかなり大きい。
それでも退職する人がいる。では、その人は何を買っているのでしょうか。
「あと1年働く」が金銭的に強い選択なのは事実
会社員をあと1年続けることには、かなり大きな金銭的メリットがあります。
給与が入ります。ボーナスもあるかもしれません。会社員として健康保険や厚生年金へ加入し続けることができ、退職金制度がある会社なら勤続年数も増えます。
さらにFIRE直前なら、金融資産もそれなりの規模になっている可能性があります。
例えば6,000万円を運用している人なら、相場が5%上昇しただけでも評価額では300万円動きます。
もちろん下落する年もあるため運用益を確定収入のように扱うことはできませんが、給与による追加投資と資産運用を同時に続けられる会社員期間には、それだけ大きな経済的意味があります。
何より大きいのは、会社員でいる間は生活費を給与で賄えることです。
年間生活費が300万円の人なら、FIREを始めればその300万円を給与以外から用意しなければなりません。
一方、働き続ければ資産を取り崩さずに済み、さらに余剰資金を投資できる可能性があります。
そのため、金銭面だけを表にするとこうなります。
| あと1年働くことで得やすいもの | FIREを1年早めると失いやすいもの |
|---|---|
| 給与 | 給与収入 |
| ボーナス | ボーナス収入 |
| 追加投資余力 | 新規入金力 |
| 資産を取り崩さずに済む期間 | 1年分早く始まる生活費負担 |
| 厚生年金加入期間 | 厚生年金の追加加入 |
| 会社員としての各種信用 | 会社員という属性 |
| 退職金等が増える可能性 | 追加勤続による増加分 |
こうして並べると、「もう1年働いた方がいい」に見えるます。
実際、働くことが苦痛ではなく、会社員生活にも満足していて、もっと資産を増やしたいのであれば、その選択に何の問題もありません。
FIREできる状態になったからといって、必ず辞めなければならないルールはありません。
考えたいのは、本当は辞めたいのに、「もう1年働けばお金が増えるから」という理由だけで退職を延期している場合です。ここには、普通の家計計算では抜け落ちやすいものがあります。
DCF法で見えてくるのは「未来のお金」だけではない
DCF法では、将来のキャッシュフローをそのまま額面で足しません。
それなら例えば、「今後5年間働けば毎年500万円ずつ金融資産を増やせる」と考える場合も、単純な2,500万円として見るのではなく、受け取る時期を考えて現在価値へ戻すことができます。
毎年末に500万円ずつ追加資産を作れると仮定した場合、5年間の合計額面は2,500万円です。
これを単純に割り引くと、次のようになります。
| 割引率 | 5年間・年500万円の合計額面 | 現在価値の概算 |
|---|---|---|
| 1% | 2,500万円 | 約2,427万円 |
| 3% | 2,500万円 | 約2,290万円 |
| 5% | 2,500万円 | 約2,165万円 |
ここでも2,500万円が突然1,000万円になるような話ではありません。
5年間程度なら、未来の給与や貯蓄余力には依然として非常に大きな価値があります。
だから私は、DCF法をFIREへ持ち込む本当の面白さは、「未来のお金を少し減額することではない」と思っています。
重要なのは、「価値評価のルールを統一する」ことです。
将来得られるお金を「価値」として数えるのであれば、そのお金を得るために使うものも同じテーブルへ載せなければ、公平な比較になりません。
ところがFIREの退職判断では、こんな評価になりがちです。
| 項目 | よくある評価 |
|---|---|
| あと1年働いて増える500万円 | +500万円 |
| 厚生年金が増える分 | プラス評価 |
| 退職金が増える分 | プラス評価 |
| 1年間資産を取り崩さずに済むこと | プラス評価 |
| 45歳の自由な1年間を失うこと | 0円 |
| 通勤・仕事に使う時間 | 0円 |
| 仕事の疲労から回復する時間 | 0円 |
| その年齢でしかできなかったこと | 0円 |
これは少し不思議です。お金については細かく足し算しているのに、時間の方は最初から計算対象に入りません。
そこで、この状態を説明するために便宜的に「自由時間のゼロ円評価」と呼ぶことにします。
FIRE民は未来のお金より「今の時間」を割り引きすぎている?
FIREを目指す人は、お金の時間価値にはかなり敏感です。
「今100万円を使わずに投資すれば、20年後にはもっと増えるかもしれない」、「50万円の旅行を我慢して新NISAへ入れれば、将来はもっと大きな金額になる」、「毎月3万円固定費を下げれば、年間36万円を追加投資できる」、こうした考え方は資産形成では非常に強力です。
実際、この感覚がなければ、長期間にわたって数千万円もの資産を作るのは難しいでしょう。
問題は、この成功体験がFIRE直前までそのまま続くことです。
資産形成初期では、現在のお金を将来へ送ることが重要です。
ところがFIREが近づくと、自分が欲しかったのは「できるだけ大きな金融資産」ではなく、その資産によって得られる自由だったことを思い出す必要があります。
それにもかかわらず、「この1年を自由に使いたい」より、「この1年働けば500万円増える」の方が強く見える。
その理由の一つは単純で、500万円には数字が付いているからです。
証券口座には6,000万円、6,500万円、7,000万円と表示されます。前年より500万円増えればグラフも右肩上がりになります。
一方、会社を辞めて得た1年間は資産管理アプリに表示されません。「金融資産 + 500万円」は見えます。
でも、「人生の残り時間 - 1年」という数字はどこにも出てきません。
そのため、お金だけをKPIにしていると、未来のお金は何度も加点される一方で、失った現在の時間は永遠に採点されないことになります。
「あと1年」は一度しか来ないと思うから危ない
FIRE直前の「あと1年」で最も厄介なのは、1年で終わる保証がないことです。
仮に45歳で金融資産6,000万円を持ち、6,500万円になったら辞めると決めたとします。
翌年、予定通り6,500万円になりました。ところが実際に退職届を出そうとすると、「せっかくここまで来たなら7,000万円にしてからでもよくないか」と思い始めます。
さらに1年働き7,000万円になると、「相場が30%下がったら5,000万円を割る。それなら7,500万円くらい…」という新しい理由が出てくる。
これは「資産形成のオーバーラン」とつながっています。必要額へ到達しても、合理的な理由がないまま次の資産目標へ更新し続けると、資産形成そのものに終了条件がなくなります。
▶ 投資はいつまで続ける?|FIRE民がハマる「資産形成のオーバーラン」 / FIRE計画の羅針盤
ここで大切なのは、「もう1年働くな」という話ではありません。
「次の1年を選ぶとき、翌年も同じ問いが再発することまで含めて決める」、これだけでも退職判断はかなり変わります。
「あと1年だけ」ではなく、「この判断基準を使う限り、私は何歳まで働く可能性があるのか」と考えてみるわけです。
45歳の500万円と55歳の500万円は同じ。でも45歳の1年と55歳の1年は同じか
お金には高い「代替性」があります。
45歳で持っている500万円も、55歳で持っている500万円も、同じ通貨であれば基本的には同じように使えます。
もちろん物価や運用環境は変化しますが、「お金」という資産自体は後から補充することもできます。
一方、時間は違います。45歳の1年間を使い切った後、55歳で資産が増えても、その500万円で45歳へ戻ることはできません。ここをFIREではもっと重く見てもいいのではないでしょうか。
例えば、会社を辞めたら長期旅行をしたいと考えている人がいるとします。
45歳なら、多少無理のある移動もできるでしょう。海外を数週間歩き回ったり、何度も飛行機や列車を乗り継いだり、新しいスポーツに挑戦したりする余力もあるかもしれません。
55歳でも十分できる人はもちろんいます。65歳でも元気な人はいます。
しかし「いつでも同じようにできる」と保証されているわけではありません。
これは旅行だけではありません。学び直す。地方や海外で暮らしてみる。新しい仕事を始める。創作活動に時間を使う。何も予定を入れず数か月過ごしてみる。こうした経験には、金融商品のような市場価格はありません。
だからこそ、お金だけを比較すると必ず負けます。500万円には500万円という数字がある。45歳の1年間には数字がない。数字がないものを0円として扱えば、当然500万円の方が勝ちます。
しかし「価格がないことと、価値がないことは同じではない」です。
DCF法は未来のお金を割り引けても「自由の現在価値」は計算できない
将来のキャッシュフローなら、一定の割引率を置いて現在価値へ戻せます。
では「45歳で得られる1年間の自由」を、55歳や65歳の自由と比べる割引率は何%なのでしょうか。
答えはありません。健康状態も違います。体力も違います。親の介護が始まるかもしれません。友人関係も変わるでしょう。本人の興味さえ変わる可能性があります。
だから、人生全体をDCF法で評価することはできません。
逆に言えば、ここで無理に数字を出さないことが大切です。
例えば「自由な1年間には年収の1.5倍の価値がある」などと勝手な換算式を作れば、見た目は合理的になります。
しかし、その数字には何の普遍性もありません。
重要なのは、時間を正確に金額換算することではなく、「これまで評価表から完全に抜け落ちていたものを意思決定へ戻すこと」です。
DCF法をFIREへ応用する最大の意味は、もしかすると未来のお金を割り引くことではなく、「自分は何を評価対象から落としているのか」に気づくことなのかもしれません。
「未来のお金を高く見積もる罠」は給与だけではない
今回は「あと1年働く」を中心にしていますが、同じ問題はFIRE生活のいろいろな場面に現れます。
例えば旅行です。50万円の旅行をしようとすると、「この50万円を30年間運用したら、もっと大きくなる」と考える。車を買えば、「300万円を投資していたら…」と思う。趣味に20万円使えば、その20万円の将来価値を計算する。
そして最後は、前の記事で書いたようにコンビニコーヒーまでDCF法で査定し始めます。
計算そのものは間違っていません。例えば50万円を年3%で30年間運用できたと仮定すれば、単純計算では約121万円になります。
つまり45歳で50万円使うことは、75歳の約121万円になり得たお金を手放すことだ、と考えることもできます。
しかし、それだけを見て、「だから45歳で旅行するのは損」とは言えません。
45歳の旅行と75歳の旅行は、同じ商品ではないからです。
重要なのは、「将来のお金だけに複利を与え、現在の経験には時間価値を一切与えない比較はフェアではない」ということです。
給料という「見えない資産」は確かに大きい。だからこそ扱いを間違えやすい
FIRE直前の人が会社を辞めにくい理由には、もう一つあります。「将来給与という人的資本」です。
45歳の会社員が今後10年間働けるなら、その間に受け取る給与はかなりの金額になります。
金融資産だけを見れば6,000万円でも、将来給与まで含めれば経済的な価値はもっと大きいでしょう。
この点は軽視すべきではありません。将来給与には価値があります。
ただし、それは現在の銀行残高ではありません。
「働き続けるという条件付きで将来発生するキャッシュフロー」です。
そして、将来の給与額が予定通り維持される保証もありません。会社の業績が変わるかもしれない。役職が変わるかもしれない。本人が働き続けられなくなる可能性もあります。退職金制度が変更されることもあり得ます。
つまり、将来給与を考えるときも、「額面 × 残り勤務年数」だけを「失う資産」として扱うのは少し乱暴です。
DCF法が企業価値評価で将来のキャッシュフローを割り引くのは、未来のお金に時間と不確実性があるからです。
FIRE直前の将来給与にも同じ視点を持つと、「今辞めたら生涯賃金を数千万円捨てる」という強烈な言葉を、もう少し冷静に見ることができます。
生涯賃金を最大化したらFIREは永久にできない
ここで極端な例を考えてみます。FIREする時期を、「これ以上働いても経済的に得をしなくなったとき」にするとします。
いつ辞めればいいでしょうか。当然かなり遅くなるはずです。
働ける限り給与は入ります。厚生年金も増えます。退職金が増える会社もあります。金融資産の取り崩し開始も遅らせられます。
つまり純金融資産を最大化するなら、基本的には長く働く方が有利です。
80歳まで高い給料をもらえるなら、資産額だけを最大化する目的では80歳まで働く方が合理的かもしれません。
でも、それはFIREでしょうか。FIREはそもそも、「生涯所得を最大化することを途中でやめても成立する状態を作る」という考え方でもあります。ここが普通の資産形成とFIREの大きな違いです。
資産形成だけが目的なら、「働けるだけ働いてできるだけ多く投資する」という戦略には筋があります。
しかし早期リタイアを目的に入れた瞬間、「どこかで将来所得を自分から放棄しなければFIREは成立しない」です。
これは当たり前のことですが、実際にその瞬間が近づくと非常に難しくなります。
数年前までは、「6,000万円あれば会社を辞めたい」と思っていた。
本当に6,000万円になると、「でも今辞めたら今後10年間の給料を捨てることになる」と考える。それは事実です。
しかし、その給与を捨てる代わりに自由を手に入れるために、そもそも6,000万円を作ってきたのではなかったでしょうか。この主従関係が逆転すると、FIREのゴールは永遠に逃げていきます。
「あと1年働けば500万円」を年齢ではなく生活の変化で判断する
では「あと1年働くべきか」をどう判断すればいいのでしょう。
私は、資産額だけではなく、「その500万円によってFIRE後の生活が具体的に何か変わるのか」を聞くのが分かりやすいと思います。
例えば500万円増えることで、住宅購入の頭金が確保できる。退職直後の生活費2年分を現金で持てる。親の介護に備えられる。FIRE後の取り崩し率を明確に下げられる。旅行費を毎年増やしても計画が成立する。
こうした具体的な変化があるなら、その1年には目的があります。
一方、「6,500万円より7,000万円の方が安心だから」だけなら、その安心が本当に生活を変えるのか確認した方がいいです。
| あと1年働く理由 | 確認したいこと |
|---|---|
| FIRE後の安全性を高めたい | 500万円で取り崩し率や安全資産は具体的にどう変わるか |
| 暴落が怖い | 暴落対策は追加労働以外にないか |
| 年金を増やしたい | 1年追加加入による影響は自分にとってどの程度か |
| 退職金を増やしたい | 勤続1年で実際にどれだけ増えるのか |
| 何となく7,000万円欲しい | 7,000万円になると何ができて、6,500万円では何ができないのか |
| 辞めるのが怖い | 不足しているのは資産なのか、退職する決断なのか |
「あと1年」で具体的に何かが変わるなら、働く理由はかなり強くなります。
何も変わらないのなら、数字だけを大きくするために時間を追加投入している可能性があります。
DCF法でFIREを考えるなら「一点予想」よりシナリオ比較が向いている
DCF法という言葉を知ると、どうしても正しい割引率を決め、正しい現在価値を出したくなります。
しかしFIREへの応用では、そこへ深入りしすぎない方がいいです。
企業価値評価のDCFでも、将来キャッシュフローや割引率などの前提が変われば算定結果は動きます。
実際、東京証券取引所に開示された企業価値算定に関する資料でも、DCF法は将来のフリー・キャッシュ・フローを割引率で現在価値に戻す方法として使われる一方、算出要素や前提条件によって最終結果が大きく変わり得ることが指摘されています。
何十年先まで考えるFIREなら、なおさら一点の数字を信じるのは危険です。
例えば、「割引率3%なら6,500万円で足りた。よし辞めよう」という使い方ではなく、生活費が10%増えても大丈夫か、運用環境が想定より悪くても成立するか、年金が想定より少なくても耐えられるか、FIRE後に全く働かなくても成立するか。
「あと1年働いた場合と今辞めた場合で、生活水準は具体的にどれほど違うのか」というシナリオ比較に使った方がいいと思います。
| 比較するシナリオ | 見るポイント |
|---|---|
| 今すぐFIRE | 現在資産だけで最低限の生活計画が成立するか |
| あと1年働く | 追加資産によって安全性や生活水準がどの程度改善するか |
| あと3年働く | 3年を使うほどの改善効果があるか |
| FIRE後に年50万円働く | 完全無収入との差がどれほど大きいか |
| 生活費+10% | 支出上振れへの耐性があるか |
| 運用を保守的に見る | 楽観的なリターンに依存していないか |
こうすると、「あと1年働く」が単なる安心感ではなく、一つの投資案件のように見えてきます。
1年という時間を投入して、どのくらいFIRE計画が改善するのか。
改善幅が非常に大きいなら投資価値がある。ほとんど変わらないなら、その1年を別のものへ投資する選択肢もある。この考え方なら、DCF法を人生の価値計算へ無理やり使わずに済みます。
FIRE直前に一度だけ「追加投資ゼロ」の世界を作ってみる
もう一つ、いい確認方法があります。FIRE直前になったら、「これから一円も追加投資しなくても計画が成立するか」を一度試算してみることです。
これは「もう投資するな」という意味ではありません。
FIREできる状態とは、本来、給与から新しい資産を買い続けなくても生活が成立する状態です。
それなのに、「来年も200万円投資したいから働く」、「新NISAへ入金したいから働く」、「資産を増やし続けたいから働く」となっているなら、まだ心理的には給与へ依存している可能性があります。
資産1,000万円の頃なら、年間200万円の追加投資は資産の20%です。
ところが資産6,000万円なら、年間200万円は約3.3%です。
もちろん200万円は大金です。ただ、資産形成における役割は同じではありません。
FIREが近づいたら、「来年はいくら追加投資できるか」ではなく、「追加投資しなくても自分の人生計画は成立するか」へ問いを変える。これはDCF法の考え方ともつながります。
未来の給与を全部得なければ成立しない計画なのか。
それとも、既に得た資産と将来の年金などで成立し、未来の給与は「あればさらに余裕が増えるキャッシュフロー」になっているのか。この違いはかなり大きいです。
▶ FIREまでの距離に合わせて、積立額や資産配分を見直すなら楽天証券で新NISA・投資信託を確認する
「あと1年働く」を選ぶなら、その1年に名前を付ける
あと1年働くなら、「その1年は何のための1年なのか」。
例えば、「退職後2年間の生活防衛資金を作る1年」、「住宅修繕用500万円を確保する1年」、「親の介護予備費を作る1年」、「退職金が大きく増える節目まで働く1年」、「自分が納得して会社員生活を卒業する1年」なら意味があります。
一方、「何となくもう少し増やす1年」だと、翌年も同じことが起こりやすくなります。
これは資産だけでなく、時間にも目的を付けるということです。
FIREラインを超えた後は、「いくら増えたか」だけでなく、「何のために会社へ残っているのか」を説明できるようにする。
それだけで、「もう1年」が無限に連鎖するのをかなり防げると思います。
退職延期のROIは給与だけで決められない
出世についても「昇進すれば給料が増えるから得」という単純な話ではなく、残り会社員年数や責任増加まで考える必要があります。
▶ 「出世したくない」は損なのか?|FIRE直前ほど悩む昇進のコスパ / FIRE計画の羅針盤
DCF法で「あと1年働く」を考えることと、似た構造があります。
給料だけならプラスです。しかし退職延期にはコストもあります。
例えば毎日8時間働くだけではありません。通勤時間。仕事の準備。休日でも頭から離れない仕事。疲労から回復する時間。会社都合で動かせない平日。
そうしたものまで含めれば、会社員へ提供している時間は労働時間より大きくなります。
だから「500万円のために年間何時間働くか」を単純な時給にしても、まだ全部は表現できないとはいえ、一度考えてみる意味はあります。
500万円増やすために1年間働く。その500万円によって、自分の生活は何年間支えられるのか。
逆に、その500万円と引き換えに使う1年間を、自分は本当に会社へ提供したいのか。
退職延期のROIは、「給与 ÷ 労働時間」だけではありません。
「追加で得る経済的安全」と「追加で使う人生時間」の交換です。
「今辞めるのはもったいない」は、何歳まで続くのか
40代になると、FIREを難しくする面白い逆説があります。
若い頃より資産が増えている。FIREへ近づいている。ところが同時に、給与も高くなっている可能性があります。
20代で年収400万円なら、「辞めても失う給料は400万円」と考えるかもしれません。
45歳で年収800万円なら、「今辞めたら800万円も捨てる」と感じる。
つまり「FIREする能力が高まるほど、会社を辞める機会費用も大きく見えやすくなる」のです。
さらに役職が上がれば、「ここまで頑張ってこの給料になったのに」という気持ちも入ります。
しかし、この考え方を突き詰めると変なことになります。
給料が安い時は「資産が足りないから辞められない」。給料が高くなると「給料を失うのがもったいないから辞められない」。これではいつ辞めればいいのでしょう。
FIREにはある意味で、「将来稼げるお金を自分から捨てる決断」が必ず含まれます。
それを損失とだけ見るなら、FIREという選択自体が成立しません。
重要なのは「いくら捨てるか」ではなく、「その将来給与を捨てても困らない状態を作ることが、そもそもFIREの目的だった」と理解することです。
「働かない1年」は消費ではなく、資産を使って買うものかもしれない
FIREすると資産が減る可能性があります。この事実を嫌う人は多いです。
会社員を続ければ6,500万円だったはずなのに、FIREしたら年末に6,200万円になった。
すると、「働いていれば300万円増えていたのに、FIREしたせいで減った」と考えます。
でも別の見方もできます。「その300万円で、1年間会社へ行かなくていい生活を買った」という見方です。
旅行したかもしれない。昼まで寝た日もあったかもしれない。図書館へ行っただけの日もある。平日の空いている街を歩いたかもしれない。何もしなかったかもしれません。
しかしFIREを目指して資産形成してきた人にとって、それは単なる「資産減少」なのでしょうか。
20年間貯めてきた資産が、予定通り自分の生活を支えたとも考えられます。
DCF法で考えても、最後の退職判断は数式では決められない
DCF法には、とても合理的な響きがあります。
キャッシュフローを予測する。割引率を決める。現在価値を計算する。比較する。
こうすると「正しい退職年齢」まで計算できそうな気がしてきます。
しかし実際にはそうなりません。未来の給与は計算できます。将来の年金も一定の仮定を置けます。生活費も見積もれます。金融資産のシミュレーションもできます。
でも、仕事を辞めたらどれくらい幸せになるのか。会社員を続けるストレスがどの程度なのか。自由になって本当にやりたいことがあるのか。仕事を続けた方が社会とのつながりを保てるのか。45歳の1年間を自分がどれほど重要だと思っているのか。こうしたものには市場価格がありません。
だからFIREの退職判断は、最後には必ず数式の外へ出ます。
これは計算が役に立たないという意味ではありません。むしろ逆です。
「計算できるところまで徹底的に計算して、それでも残ったものを自分で決める」、この順番が大事なのだと思います。
「何となく辞めたい」だけでは怖い。だから必要資産を計算する。
生活費を確認する。税・社会保険も見る。年金も確認する。暴落への備えも作る。
そして、ここまでやっても、「あと1年働けばもっと増える」は残ります。
そこから先は資産計算ではなく、自分の価値観の話です。
「FIREできるのに働く」と「FIREできないから働く」は全く違う
FIRE可能な資産を持ちながら会社員を続けること自体は、全く悪いことではありません。
仕事が楽しい。職場の人間関係がいい。社会との接点として会社が好き。やりたいプロジェクトがある。会社員という生活リズムが合っている。高い給料をもらえること自体が楽しい。こうした理由で働くなら、むしろかなり恵まれた状態です。
問題なのは、「辞めたいのに、お金が増えるという理由だけで辞められない状態」です。
FIRE可能なのに働く人と、資産形成を終えられず働き続ける人は、外から見ると同じ会社員です。
しかし内側は違います。前者は、「辞めてもいいけれど働いている」。
後者は、「辞めたいけれどまだ辞められない」。
FIREが本当に与えてくれる価値は、早く退職することそのものではなく、この主語を変えることなのかもしれません。
会社に残ることさえ、自分で選べる。それなら「あと1年働く」も、損得だけではなく自分の選択になります。
FIRE直前に使いたい「あと1年」5つの質問
実際に退職時期を考えるときは、難しいDCFモデルを作るより、私は次の質問の方が役に立つと思います。
| 質問 | 見るポイント |
|---|---|
| ① あと1年働くと、FIRE後の何が具体的に変わる? | 資産額ではなく生活・安全性の変化を見る |
| ② その変化は、会社員1年間と交換したいほど大きい? | 追加資産と現在時間を同じ意思決定へ入れる |
| ③ 来年も同じ理由で「あと1年」と言わない? | 終了条件があるか確認する |
| ④ 追加投資ゼロでもFIRE計画は成立する? | 給与への心理的依存を確認する |
| ⑤ お金以外の理由でも会社へ残りたい? | 働くこと自体を自分が選んでいるかを見る |
この5つに答えて、「あと1年で安全性が大きく改善するし、その1年を働くことにも納得している」なら、働いた方がいいと思います。
一方、「特に何も変わらない。でも7,000万円という数字を見たい」だけなら、一度立ち止まった方がいいです。
FIREに必要なのは、何歳で辞めるべきかという一般解ではありません。自分の「もう十分」を説明できることです。
FIREの成功指標を「資産最大化」だけにしない
資産形成中は、金融資産額が非常に優秀なKPIです。
1,000万円。3,000万円。5,000万円。数字が増えるほど会社への経済的依存は小さくなり、FIREへ近づいていることが分かります。
ところがFIREラインへ近づいた後も、このKPIだけを使うと問題が起こります。
1億円より2億円の方が大きい。2億円より3億円の方が大きい。資産額には上限がないため、ゲームが終了しないのです。
そこでFIRE直前からは、違う指標も加えた方がいいです。
| 資産形成中に見やすい指標 | FIRE直前に追加したい指標 |
|---|---|
| 金融資産額 | 追加投資ゼロでも生活が成立するか |
| 年間投資額 | 会社への経済的依存度がどこまで下がったか |
| 資産増加額 | 増えた資産で生活の何が変わるか |
| 運用利回り | 大きな失敗を避けながら自由を維持できるか |
| 過去最高資産 | 資産によって実際に選択肢が増えたか |
| 年収 | その年収を得るために使う時間へ納得しているか |
会社員を1年続けて金融資産が500万円増えれば、それは立派な成果です。
しかし、既にFIRE可能な状態なら、「500万円増えた」だけではなく、「その500万円と交換した1年間にも納得している」まで確認する。
そこまで含めて初めて、FIRE直前の資産形成は人生全体とつながると思います。
まとめ|未来のお金は割り引くのに、今の1年を0円にしない
DCF法は、将来のキャッシュフローを現在価値へ割り引いて考える方法です。
企業価値を評価するとき、10年後のキャッシュフローと今日のお金を同じ価値として扱わない。これはとても合理的な考え方です。
ではFIREを考える私たちも、未来のお金だけを額面で見ない方がいいのではないでしょうか。
「あと1年働けば500万円増える」、その500万円には確かに大きな価値があります。
1年先ならDCF法で割り引いても、それほど小さくなりません。
だから、「DCF法で計算すると未来のお金は大幅に減るから、今すぐ会社を辞めよう」ではありません。むしろ逆です。
純粋な金銭面では、働き続けることはかなり強い。それでもFIREを選ぶ人がいるのは、「金融資産以外の価値を手に入れたい」からです。
45歳の1年間。50歳の1年間。55歳の1年間。それぞれに市場価格はありません。
でも0円でもありません。未来の給与には500万円という値札が付くのに、現在の自由時間には値札が付かない。
その結果、私たちは無意識に「自由時間のゼロ円評価」をしてしまいます。
そして、「あと1年働けば得」を繰り返す。生涯所得を最大化するなら、できるだけ長く働く方が合理的です。
でもFIREは、生涯所得最大化ゲームから途中で降りても生活できる状態を作る計画だったはずです。
だからFIRE直前に本当に必要な問いは、「あと1年働けばいくら増えるか」だけではありません。
- その1年で増えるお金によって、自分の生活は何が変わるのか
- その変化は、今の1年間と交換したいほど大きいのか
ここまで考えて、それでも働きたいなら働けばいい。
会社員生活が楽しいなら、FIRE可能でも働いていい。
逆に、既に必要な資産があり、本当は辞めたいのに「もっと増えるから」という理由だけで会社へ残っているなら、未来のお金を少し高く見積もりすぎていないか確認してみてもいいでしょう。
DCF法は企業の理論価値を考える道具です。
でもFIRE民がそこから借りられる一番大切な考え方は、数式そのものではなく、「未来にあるものを、今日と同じ価値だと思い込まないこと」なのかもしれません。
お金には現在価値があります。そして数式では計算できませんが、時間にも現在価値があります。
資産を作るために時間を使ってきたからこそ、FIREが近づいたら最後に一度、「『未来のお金』と『今の時間』のどちらを、私は高く評価したいのか」、そこを自分で決める必要があります。
FIREとは、資産残高ランキングで優勝するゲームではありません。
作った資産を、自分がまだ使える時間へ変えていく計画です。
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※本記事でいう「自由時間のゼロ円評価」は、FIREにおける退職判断を説明するため本記事で便宜的に用いている表現であり、正式な金融・経済用語ではありません。
※本記事は、企業価値評価等で用いられるDCF法の考え方をFIRE・早期リタイアの意思決定へ応用して考察したものであり、個人向けの標準的な「FIRE版DCF」等が存在するという趣旨ではありません。
※記事中の現在価値は考え方を説明するための単純化した概算例です。適切な割引率や将来キャッシュフローは個人の状況によって異なり、特定の運用利回りや将来の収益を保証するものではありません。
※FIRE・早期退職に必要となる金融資産は、年齢、生活費、住宅、税金、社会保険、公的年金、家族構成、資産配分、運用期間、リスク許容度等によって異なります。
※株式、投資信託、債券その他の金融商品には、価格変動、元本割れ、為替変動、金利変動等のリスクがあります。投資・資産運用・退職に関する最終的な判断は、ご自身の状況や目的等を踏まえて行ってください。



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