FIRE直前5年は「退職レッドゾーン」|FIREを7段階で考える“もうすぐ自由”が一番危ない理由 / FIRE計画の羅針盤

長年の資産形成という宇宙の旅を終え、惑星FIREへの着陸直前に最後の難関「退職レッドゾーン」へ突入し、必死に耐える宇宙飛行士姿のメガネおじさんを描いた、青基調の実写風アイキャッチ画像 FIRE計画の羅針盤

FIREを目指して10年。毎月積み立てを続け、ボーナスの一部も投資へ回し、相場が下がっても売らずに耐えてきた。
金融資産1,000万円だった頃には遠く見えた5,000万円が、ようやく目の前まで来た。
あと500万円で目標達成だ」、「来年の今頃には会社を辞められるかもしれない」、長い資産形成生活の中で、最も気分が高揚する時期でしょう。

ところが、資産運用の世界には少し意地悪な話があります。
FIREへ最も近づいた時期が、必ずしも最も安全な時期とは限りません。
むしろ退職前後には、それまでとは違う種類のリスクが一気に表面化します。

その危険な期間を表す言葉として、海外では、「退職レッドゾーンRetirement Red Zone」という表現が使われています。

2026年7月にMorningstarが取り上げた説明では、一般に「退職前5年間と退職後最初の5年間程度」が、ポートフォリオにとって大きな市場ショックの影響を受けやすい時期とされています。
2026年3月のBloomberg Businessweekも、退職前後5年程度の期間と、そこで問題になる「sequence of returns risk」を取り上げています。
だからこの記事では、タイトルでは分かりやすく「FIRE直前5年」としていますが、本文では「FIRE直前からFIRE直後数年間までを含む移行期」として退職レッドゾーンを考えます。

なぜ、この時期がそれほど重要なのでしょうか。4
0歳で株価が30%下落しても、会社員として毎月給料を受け取っているなら、生活費は給与から払えます。
さらに積み立てを続けている人なら、値下がりした資産を買い増せる場合もあります。
ところが50歳でFIREした翌月に同じ30%下落が起きれば、景色は一変します。

給料はありません。それでも食費、住居費、光熱費、税金、社会保険料などは必要です。
その生活費を金融資産から取り崩すのであれば、株価が下がっている最中でも売却しなければならない場合があります。
さらに、そこで売った株式は、その後相場が回復しても戻ってきません。
この問題が、「シークエンス・オブ・リターンズ・リスク(Sequence of Returns Risk)」です。
日本語では「リターン順序リスク」、「収益率配列リスク」などと説明されます。

ポイントは単純です。何%儲かったかだけではなく、その儲かった年と損した年が「いつ来たか」で、取り崩し後の資産寿命が変わる。
これは、資産形成中にはあまり意識しなくてもよかった問題です。

つまりFIRE直前には、「貯めるゲーム」から「使いながら運用するゲーム」へ、ルールそのものが変わる。
今回の記事では、この変化を中心に考えます。
そしてもう一つ、FIREを「目標資産額へ届いた/届いていない」という二択だけで見ないために、この記事独自の整理として「経済的自由までの道のりを7段階」に分けます。
今、自分はどこまで会社への依存を減らせているのか」、そして、「資産目標へ届いた後に何を確認すれば、本当に会社員生活からFIRE生活へ移れるのか」を考えやすくするための整理です。
今回の結論を先に言えば、「FIRE目標額はゴールテープではなく、退職レッドゾーンへ入るための検査開始ライン」だと思っています。

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  1. FIREは「できる・できない」の二択ではない|経済的自由を7段階で考える
  2. なぜFIRE直前・直後が危ないのか|シークエンスリスクを数字で見る
    1. 資産形成中の暴落とFIRE後の暴落は同じ出来事ではない
  3. FIRE目標額へ届いた瞬間が「一番安心」とは限らない
    1. FIRE目標額はゴールテープではなく検査開始ライン
    2. 同じ6,000万円でも中身によって退職耐久力は違う
  4. 退職レッドゾーンでは現金の意味が変わる|利回りではなく「待てる時間」を買う
  5. 日本のFIREには「相場以外の退職レッドゾーン」もある
    1. 給与は止まっても、前年の給与に基づく住民税はすぐには消えない
    2. 健康保険も会社員時代と同じではない
    3. 60歳未満で退職するなら国民年金も確認する
  6. 「50歳でFIREする」と決めても、50歳で必ず辞める必要はない
    1. 「辞められる自由」と「辞めない自由」は両立する
  7. FIRE直前ほど「もっと増やしたい」が危なくなることもある
  8. 退職レッドゾーンを越えるための「5年前・3年前・1年前」
    1. 「FIRE前の模擬運転」をしておく
  9. 退職レッドゾーンを抜ければFIRE完成なのか
  10. FIREの最後の一段は「もっと貯めること」ではない
    1. 経済的自由は目標資産へ到達する前から始まっている
  11. まとめ|FIREのゴールは目標資産額ではなく「給与がなくても暴落を越えられる構造」
  12. こちらの記事もあわせてどうぞ

FIREは「できる・できない」の二択ではない|経済的自由を7段階で考える

FIREを目指していると、つい目標資産額ばかり見てしまいます。
年間生活費が240万円だから、必要資産はこのくらい。年間300万円なら、このくらい。
そこへ予備費を加えて、自分なりの目標を決める。

例えば6,000万円を目標にしたとします。すると金融資産5,900万円の昨日までは、「まだFIREできない」となり、相場上昇で6,010万円になった今日は、「FIRE達成」となります。
でも、昨日と今日で人生の安全性が劇的に変わったわけではありません。むしろ経済的自由は、少しずつ増えていくものです。
そこでこの記事では、FIREまでの道のりを次の7段階に整理します。

段階状態会社への依存主な課題
第1段階 家計安定期赤字、高金利負債、生活防衛資金不足を整理する非常に高いまず家計を壊れにくくする
第2段階 退職余力形成期給与が一時的になくても生活できる資金を作る高いが低下し始める生活防衛資金とFUマネーを育てる
第3段階 資産形成自走期積立と既存資産の成長が家計の大きな力になる徐々に低下入金力と運用期間を生かす
第4段階 部分的経済的自由資産が生活費の相当部分を支えられる水準へ近づくかなり低下働き方を選べる状態を作る
第5段階 計算上のFIRE到達設定した必要資産額へ到達する理論上は低いここで即退職と決めない
第6段階 退職レッドゾーン給与中心の家計から資産取り崩し中心の家計へ移行する構造が大きく変化暴落、現金、税、社会保険、支出を再確認する
第7段階 FIRE安定運用期給与なしの家計が実績として成立する低い取り崩しと生活設計を定期的に更新する

この整理で最も重要なのは、「第5段階と第6段階を別にしたこと」です。

目標資産へ到達した = FIRE達成」として考えがちですが、実際には、ここから大きな変化が始まります。
会社員の間は、給与という外部キャッシュフローがあります。
FIRE後は、その給与がなくなり、金融資産から生活費を出します。
だから5,000万円を持っている会社員と、5,000万円を持ってFIREした人では、証券口座に表示される数字が同じでも家計構造は違います。

▶ 「まだお金が足りない」はマネーディスモーフィア?|給料という“見えない債券”まで含めてFIREの必要資産を考える / FIRE計画の羅針盤

会社員時代には、金融資産の外側に給与というキャッシュフローがあります。
それを比喩的に「見えない債券」として考えた場合、退職レッドゾーンは、まさにその見えない債券が消える時期でもあります。
だから目標資産へ到達したところで一度立ち止まり、「給与がなくなっても、この資産構成で本当に暮らせるか」を確認する必要があります。

なぜFIRE直前・直後が危ないのか|シークエンスリスクを数字で見る

シークエンス・オブ・リターンズ・リスクは、簡単な数字で見ると非常に分かりやすくなります。
5,000万円を運用するとします。5年間の運用リターンが、-20%、-10%、+10%、+15%、+20%だったケースと、その逆順で、+20%、+15%、+10%、-10%、-20%だったケースを比べます。

まず、途中で1円も引き出さなければどうなるでしょう。
どちらも5年後は、5,464万8,000円です。掛け算なので、リターンの順番を入れ替えても最終結果は変わりません。
ところがFIREしており、毎年末に200万円ずつ生活費を取り崩したとすると結果が変わります。

ケース5年間の運用順序5年後の残高
悪い相場が先に来た場合-20% → -10% → +10% → +15% → +20%約4,172万円
良い相場が先に来た場合+20% → +15% → +10% → -10% → -20%約4,620万円

同じ5種類のリターンを経験し、同じ金額を取り崩しているのに、わずか5年間で約448万円の差が生まれます。
これは将来の相場を予測するシミュレーションではなく、リターン順序リスクの仕組みを説明するための単純計算です。税金、手数料、配当、インフレなどは考慮していません。

なぜ差が出るのか。悪い相場が最初に来ると、まず資産残高が大きく減ります。
さらに、その小さくなった資産から生活費を取り崩します。
その結果、後から相場が回復しても、「回復相場へ参加する元本そのものが小さくなっている」のです。

Morningstarも、退職前後のレッドゾーンでは大きな市場ショックが将来の資産計画へ与える影響が大きくなりやすいと説明しています。
一方で、「最初の5年間さえ越えれば、その後はシークエンスリスクがなくなる」と考えるのも正確ではありません。
研究では、資産額と消費額の関係によっては、リターン順序リスクは退職期間全体を通じて問題になり得ると指摘されています。

つまり退職レッドゾーンは、「それ以外の時期が安全という意味ではなく、家計構造が切り替わるため特に注意したい時期」と考えた方がいいでしょう。

資産形成中の暴落とFIRE後の暴落は同じ出来事ではない

資産形成中に株価が下落した場合、給与収入があり、積み立てを続けている人なら、安くなった資産を追加購入できます。
一方、FIRE後は反対です。市場から資産を買う人ではなく、「市場から生活費を取り出す人」になります。

つまり同じ暴落でも、「入金している人には買い場になる可能性があり、出金している人には資産を安値で現金化する危険になる」、ここに退職レッドゾーンの本質があります。

FIRE目標額へ届いた瞬間が「一番安心」とは限らない

少し皮肉な話があります。資産形成の初期段階では、資産額が小さいため、大きな暴落でも金額ベースの損失は限定的です。
例えば30%下落した場合、金融資産1,000万円なら300万円の評価減ですが、5,000万円なら1,500万円、7,000万円なら2,100万円になります。
FIREへ近づくほど資産形成には成功していますが、「同じ下落率でも動く金額は大きくなる」わけです。

しかもFIRE直前には、その大きな資産をこれから生活費として使い始めます。
だから、「人生最大の金融資産を持っている」と「人生で最も安全な状態にある」は必ずしも同じではありません。

FIRE目標額はゴールテープではなく検査開始ライン

仮に目標資産6,000万円へ到達したとします。
ここで考えたいのは、「6,000万円になった。会社を辞めよう」だけではありません。

退職後の年間生活費をもう一度確認したか、暴落時に生活費をどこから出すか、現金はいくら持つか、近い将来の大型支出を株式市場から切り離しているか、住民税や健康保険の負担を確認したか、公的年金開始まで何年あるか。
こうした確認をした上で、「給与なしでも家計が回る構造になっている」なら、かなり意味が違います。

だから6,000万円は、「FIRE合格点」というより、「退職可能性を本格的に検査するライン」と考えた方が実用的です。

同じ6,000万円でも中身によって退職耐久力は違う

例えば同じ金融資産6,000万円でも、株式5,800万円、現金200万円の人と、株式4,500万円、債券500万円、現金1,000万円の人では、退職直後の家計の動かし方が違います。

どちらが正解という話ではありません。年齢、生活費、公的年金までの期間、ほかの収入、リスク許容度によって適切な資産配分は異なります。
重要なのは、合計6,000万円という一つの数字だけでは、FIRE直後の耐久力は分からないということです。

FIRE直前になると、「いくらあるか」だけではなく、「その資産に何の仕事をさせるか」が重要になります。

退職レッドゾーンでは現金の意味が変わる|利回りではなく「待てる時間」を買う

資産形成中には、現金を多く持つことを効率が悪いと感じる人もいるでしょう。
株式なら期待リターンがある。現金はほとんど増えない。物価上昇にも弱い。
それなら投資へ回した方がいいと思う。長期の資産形成では理解できる考え方です。

しかし退職レッドゾーンでは、現金に別の仕事が生まれます。
株価が下がっているときに、株を売らずに生活する時間を作る」という仕事です。

例えば年間生活費300万円で、生活用として600万円の現金を確保していれば、単純には約2年分の生活費に相当します。
その2年間で必ず相場が回復するわけではありません。それでも、「来月の家賃を払うために、今日30%下落している株式を売らなければならない」という状況を避ける余地ができます。

この「待てる」という能力は、利回りには表示されません。でもFIRE直後には非常に重要です。
ただし、だからといって生活費10年分、20年分をすべて現金で持てばいいとも限りません。
FIRE後の生活は数十年続く可能性があります。長期的にはインフレへの対応や資産成長も必要です。

つまり退職レッドゾーンで考えたいのは、株式か現金かという二択ではなく、役割分担です。
近く使うお金。暴落時に待つためのお金。長期的に育てるお金。それぞれを同じ資産へ全部任せなくてもいいです。

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日本のFIREには「相場以外の退職レッドゾーン」もある

退職レッドゾーンという考え方は海外の退職資産管理から来ていますが、日本でFIREするなら市場リスクだけを見るわけにはいきません。

会社員が退職すると、給与がなくなるだけではありません。
会社員として給与から処理されていた税金や社会保険の仕組みも変わります。
そこで日本のFIREでは、「相場の退職レッドゾーン」と「キャッシュフローの退職レッドゾーン」を両方考えた方がいいと思います。

給与は止まっても、前年の給与に基づく住民税はすぐには消えない

個人住民税の所得割は、原則として前年の所得を基礎として翌年度に課税される仕組みです。
退職所得そのものについては別の課税方式が設けられていますが、通常の給与所得に対する住民税は前年所得の影響を受けます。

つまり会社員として高い給与を受け取っていた翌年にFIREしても、「今年は給与ゼロだから住民税もすぐゼロ」とは限りません。
特に退職直後の家計では、現在の生活費だけでなく、「前年所得に基づく税負担を含めたキャッシュフロー」を確認する必要があります。

実際の住民税額や納付方法は退職時期、前年所得、自治体などによって異なるため、退職前に勤務先や自治体へ確認した方が安全です。

健康保険も会社員時代と同じではない

会社を退職すると、健康保険の加入先も切り替わります。
協会けんぽでは、退職後の主な選択肢として、任意継続健康保険、国民健康保険、家族の健康保険の被扶養者という3つを案内しています。任意継続には被保険者期間や申出期限などの要件があります。

独身FIREの場合には、家族の被扶養者という選択肢を使えないこともあるでしょう。
その場合、「会社を辞めれば社会保険料がなくなる」ではなく、「別の健康保険料へ切り替わる」と考える必要があります。

60歳未満で退職するなら国民年金も確認する

日本国内に住む20歳以上60歳未満の人で、厚生年金などから外れた場合には、原則として国民年金第1号被保険者として加入手続きを行う必要があります。
日本年金機構も、会社を退職して厚生年金保険に加入しなくなった場合についてその手続きを案内しています。

50歳でFIREするなら、給与はなくなる一方で、「60歳まで国民年金保険料を支払う期間が生じる可能性」もあります。

こうした制度上の変化をまとめると、FIRE前後は次のようになります。

会社員時代FIRE直後事前に確認したいこと
給与が毎月入る給与収入が原則なくなる生活費をどの資産から出すか
住民税を給与から特別徴収されることが多い前年所得の影響を受けた負担が残り得る退職後の住民税額と納付方法
勤務先の健康保険に加入任意継続、国保等へ切り替える保険料と加入条件を比較する
厚生年金に加入60歳未満なら原則として国民年金へ切り替わる国民年金保険料を生活費へ含める
生活費を給与から支出金融資産から取り崩す現金バッファーと売却ルール

つまり日本の退職レッドゾーンは、株式市場だけの問題ではありません。
私はこれを、「会社員家計からFIRE家計へOSを入れ替える時期」くらいに考えています。

これまで会社がかなりの部分を自動処理してくれていた家計から、自分で税・保険・年金・資産取り崩しを管理する家計へ変わります。

相場が絶好調でも、この移行を雑にすると想定外の支出が出ます。
反対に制度面を完璧に把握していても、退職翌年に暴落し、生活費を株式売却だけで作るしかなければ別の問題が生じます。だから両方を見る必要があります。

「50歳でFIREする」と決めても、50歳で必ず辞める必要はない

退職レッドゾーンの考え方から、かなり重要なことが一つ見えてきます。
FIRE予定日そのものも、リスク管理手段になる」ということです。

例えば長年、「50歳の誕生日で会社を辞める」と決めていたとします。
49歳時点では金融資産6,000万円。ところが、その後市場が大きく下落し、50歳になる直前に4,800万円まで減った。ここで選択肢は一つではありません。
予定通りFIREする。半年だけ延ばす。一年延ばす。可能なら働き方を軽くする。支出を下げて予定通り辞める。いろいろあります。

もちろん、職場環境や健康状態によっては一日でも早く辞める方が重要な場合もあります。
したがって、「暴落したら必ずFIREを延期すべき」という話ではありません。
重要なのは、「予定日を守ること自体をFIREの目的にしない」ということです。

退職日を少し動かせる人なら、その間は給与で生活できます。
値下がりした株式を売らずに済む可能性があります。追加の金融資産を作れる可能性もあります。
つまり、「退職日の柔軟性そのものが、金融資産には表示されない安全余裕」になります。

▶ 40代会社員の「辞められる力」が価値になる時代|FIREできる人が強くなる日本の未来 / FIRE計画の羅針盤

経済的自由とは、必ず会社を辞めることではありません。辞めてもよいし、条件が悪くなければ残ってもよいという選択肢そのものが強さになります。

「辞められる自由」と「辞めない自由」は両立する

FIREまで来ると、「会社を辞めなければFIREではない」と思いがちです。
でもFIの本来の意味はFinancial Independence、経済的自立です。
会社へ残ることを自分で選べるなら、それも自由です。
だから退職レッドゾーンでは、「退職日を固定するより、退職条件を決める」という考え方もできます。

例えば、現金○年分を確保できた。大型支出の準備ができた。市場が下落しても生活できる。健康保険や住民税の試算が終わった。このような条件が整ったら退職する。

もちろん機械的に条件を増やしすぎれば、今度は永遠にFIREできない問題へ戻ってしまいます。
そこで大切なのは、「安全確認」と「もう少し欲しい」という不安を区別することです。

FIRE直前ほど「もっと増やしたい」が危なくなることもある

退職レッドゾーンには、もう一つ心理的な罠があります。
目標資産へ近づくほど、「あと少し増やせばFIREできる」と考えます。
例えば目標6,000万円に対して5,500万円。残り500万円です。
そこで、「株式比率を上げれば早く届くのではないか」、「もっと値動きの大きな銘柄を買えばいいのではないか」と考える。

しかし、FIRE直前は資産残高そのものが大きいため、リスクを上げた失敗の金額も大きくなります。
目標へ近づいたからこそ、「ゴール直前で無理にスピードを上げる必要はない」という考え方もあります。

▶ 資産を増やすべきか守るべきか?|40代独身の投資バランスの考え方 / FIRE計画の羅針盤

資産形成初期とFIRE直前では、同じ投資判断でも意味が違います。
資産形成の初期段階では、100万円から500万円、1,000万円、3,000万円へと金融資産を積み上げること自体が大きな目標になります。

しかしFIRE直前では、「あと何%増やせるか」だけではなく、「今ある資産で会社員からFIREへ安全に移れるか」が重要になります。
私はここを、「資産最大化モードから、自由保全モードへの切り替え」と考えると分かりやすいと思います。

退職レッドゾーンを越えるための「5年前・3年前・1年前」

では、FIRE直前5年間に何をすればいいのでしょうか。
未来の相場を当てる必要はありません。むしろ、当てようとしない方がいい。
必要なのは、「悪い相場が来ても予定が全部壊れないようにすること」です。そこで時間軸で整理します。

時期確認したいこと目的
FIRE約5年前年間生活費、目標資産、資産配分、公的年金見込みを再確認するそもそものFIRE設計を確認する
FIRE約3年前近く使う現金、大型支出、住居、FIRE後の生活像を具体化する市場から切り離すべき資金を把握する
FIRE約1年前住民税、健康保険、国民年金、退職手続き、生活費を具体的に試算する退職直後のキャッシュフローを見える化する
FIRE直前資産残高だけでなく、市場下落時にも生活できるかを確認する目標額を退職可能性へ変える
FIRE後1~5年実際の生活費、取り崩し額、資産残高を定期的に確認するシミュレーションを実績へ置き換える

ここで重要なのは、「FIRE5年前に株を○%売る」といった固定ルールではありません。
どんな資産配分が適切かは人によって違います。
必要なのは、「相場が悪い場合にどうするか」を事前に決めておくことです。

例えば、現金から生活費を出す。大きな旅行を一年後へずらす。追加の大型支出を延期する。一時的に支出を下げる。必要なら短期間だけ働く。こうした選択肢があります。

相場が下がってから慌てて考えるより、事前に選択肢を持っている方が冷静に対応できます。

「FIRE前の模擬運転」をしておく

もう一つ面白い方法があります。FIRE予定生活費で、会社員のうちにしばらく暮らしてみることです。
年間300万円でFIREする予定なら、実際にその生活費で暮らしてみる。

会社員時代にしか発生しない支出は別にしても、住居費、食費、趣味、旅行、光熱費などを現実の生活で確認できます。
すると、「年間300万円で余裕だった」のか、「実際には350万円必要だった」のかが分かります。

退職すると支出構造そのものが変わる可能性もあります。

▶ “退職消費パズル”で考える老後の生活費と貯めすぎ問題|現役世代ほど老後不安を大きく見積もる理由 / FIRE計画の羅針盤

現在の生活費をそのまま退職後へコピーする必要はありません。
FIRE直前には「今いくら使っているか」ではなく、「退職後に何へ使うか」まで確認しておくと計画の精度が上がります。

退職レッドゾーンを抜ければFIRE完成なのか

FIRE後5年間を無事に過ごした。暴落にも遭わなかった。資産も大きく減っていない。
では、もう安心なのでしょうか。もちろん、完全な安全はありません。

シークエンス・オブ・リターンズ・リスクは退職初期だけに存在するわけではなく、退職期間全体を通じて問題になり得ます。
インフレもあります。医療や介護もあります。住宅修繕もあります。公的年金額や税制など、制度環境も長期では変わる可能性があります。

だからFIREまでの道のりの7段階目を、絶対安全な状態とはしません。
私が考える7段階目は、「給与なしの家計が実績として回り始めた状態」です。

FIRE前には、年間生活費300万円、現金600万円、旅行費年間30万円と全部計算できます。
でも、その数字はまだ仮説です。実際にFIREすると、会社員時代より食費が下がった。旅行費は増えた。通勤がなくなって交通費が減った。家にいる時間が増えて光熱費が上がった。時間があるので自炊が増えた。思ったほど趣味にお金を使わなかった。逆に想定外の趣味ができた。いろいろ起こります。

数年間生活して初めて、「自分のFIRE生活はいくらかかるのか」という実績ができます。
ここまで来ると、FIRE計画は予測から運用へ変わります。
そして毎年、支出、資産残高、年金までの残り期間、生活環境、健康状態を確認して必要なら調整する。
この状態が、私は本当の意味での「FIRE安定運用期」だと思います。

FIREの最後の一段は「もっと貯めること」ではない

FIREを目指し始めた頃は、資産を増やすことがほぼすべてです。
年間100万円貯める。投資を始める。1,000万円へ到達する。3,000万円を超える。5,000万円へ近づく。
この過程では、「資産残高が増えること = 経済的自由が増えること」と考えても、それほど間違っていません。

ところがゴールが近づくと、少しルールが変わります。
5,000万円を5,500万円へ増やすことより、暴落時に何を売るか。給与がなくなった後の税・社会保険はいくらか。生活費をどの資産から払うか。現金で何年待てるか。公的年金開始までどうつなぐか。予定外の支出へどこまで対応できるか。こうした設計の重要度が上がります。

だからFIREの最後の一段は、「資産を増やす」から「資産で暮らせる構造を作る」への転換です。
これは地味です。1億円達成のようにSNS映えもしません。でもFIRE実務では非常に重要です。

経済的自由は目標資産へ到達する前から始まっている

一方で、7段階で考えるメリットはもう一つあります。
5,000万円にならなければ自由ゼロ、5,000万円になったら自由100という話ではありません。
生活防衛資金ができれば、以前より自由です。
FUマネーができれば、理不尽な職場へ少し強くなれます。
資産が生活費数年分になれば、一時的に仕事を失っても即座に困る可能性は下がります。
資産形成が進めば、転職や休職などの選択肢も増えます。

▶ FIREまでは遠い…でもFUマネーがあれば会社に魂を売らずに済む / FIRE計画の羅針盤

完全FIREへ届く前でも、金融資産には会社への依存度を下げる効果があります。
だから、「まだFIREできない」という10年間ではなく、「自分は経済的自由の何段目まで来たのか」として見る。その方が長い資産形成生活の意味も変わります。

ただし、最後に一段だけ特殊なところがある。それが退職レッドゾーンです。
これまでは資産が増えるほど基本的には自由が増えてきた。
ところが最後だけは、資産額だけではなく、給与を失った後でも自由を維持できる構造が必要になる。
だから「もうすぐ自由」が一番慎重になる時期なのです。

まとめ|FIREのゴールは目標資産額ではなく「給与がなくても暴落を越えられる構造」

FIRE直前5年。金融資産は過去最高水準へ近づき、会社員生活の終わりも見えてきます。
普通に考えれば、「人生で最も安心できる時期」に見えます。

ところが資産運用では、その時期に別のリスクが生まれます。
海外で「退職レッドゾーン」と呼ばれる退職前後の時期は、一般に退職前5年から退職後5年ほどが意識され、資産を取り崩し始めるタイミングで大きな市場下落が起きることによる影響が重視されています。

その中心にあるのが、「シークエンス・オブ・リターンズ・リスク」です。
平均リターンが同じでも、悪い相場が取り崩し開始直後に来れば、資産を安値で売却し、その後の回復へ参加する元本まで減らしてしまう可能性があります。

しかも日本でFIREする場合には、市場だけ見ていればいいわけではありません。
退職すると給与がなくなり、健康保険の加入先が変わります。60歳未満なら原則として国民年金への切り替えが必要になり、通常の給与所得に対する住民税には前年所得の影響も残ります。

だから退職レッドゾーンは、「株価が危険な期間」というだけではありません。
会社員家計からFIRE家計へ構造を切り替える期間」です。

この視点からFIREを7段階で考えると、「①家計を安定させる」、「②退職余力を作る」、「③資産形成を自走させる」、「④部分的な経済的自由を得る」、「⑤計算上のFIRE必要資産へ到達する」、「⑥退職レッドゾーンを越える」、そして「⑦給与なしの生活を安定運用する」という流れになります。
この7段階は、FIREを、「資産○万円へ届けば完成するゲーム」として見るより、現実に近いと思います。

特に重要なのが、「計算上のFIRE到達と、本当に退職できる状態を分けること」です。
目標6,000万円へ届いたから退職するのではない。6,000万円という資産を使って、暴落しても生活できる。住民税や社会保険を払える。近い将来の大型支出にも対応できる。公的年金開始までつなげられる。相場が悪ければ株式を慌てて売らずに済む。必要なら退職日を少し動かせる。
そこまで確認できて初めて、「給与がなくても生きられる仕組みができた」と言えます。

もちろん、どれだけ準備しても未来を完全には予測できません。
暴落もあります。インフレもあります。病気になるかもしれません。予想以上に長生きするかもしれません。
だから絶対安全なFIREは存在しないでしょう。しかし、絶対安全ではないことと、何も準備できないことは別です。

未来の相場を当てることはできなくても、株価が悪いときに売らずに済む現金を持つことはできます。退職後の社会保険を確認できます。支出を多少調整できる設計を作れます。退職日へ少し柔軟性を持たせることもできます。
そして、それこそがFIRE直前5年にやるべきことだと思います。

資産形成の前半では、「どう増やすか」。FIRE直前では、「どう壊さないか」。FIRE後では、「どう使い続けるか」。同じ金融資産でも、人生の時期によって仕事が変わります。

だからFIRE直前5年は、単なるゴールへのカウントダウンではありません。
資産最大化モードから、自由保全モードへ切り替える5年間」、そう考えれば、退職レッドゾーンは「怖い時期」というだけではなく、長年積み上げてきた金融資産を、「本当に会社へ依存しなくていい人生へ変換する最後の準備期間」になります。

そして少し皮肉ですが、「もうすぐ自由という時期ほど、自由を急がないことが最後のリスク管理になる」、私はこれが、退職レッドゾーンという考え方からFIRE民が一番持ち帰る価値のある部分だと思います。

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・経済的自由はFull FIREへ到達する前から少しずつ始まっています。完全FIREまでの途中段階を考えるうえでつながりの強い記事です。

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・会社員時代には金融資産の外側に給与があります。今回の記事では、その給与が消える前後に家計のリスクがどう変化するかを掘り下げています。

▶ “退職消費パズル”で考える老後の生活費と貯めすぎ問題|現役世代ほど老後不安を大きく見積もる理由 / FIRE計画の羅針盤
・退職後には支出構造そのものが変わる可能性があります。FIRE直前に「今の生活費」をそのまま未来へコピーしないためにもつながる記事です。

※本記事における「退職レッドゾーン」は、退職前後にシークエンス・オブ・リターンズ・リスクなどの影響を受けやすい時期を説明するために使われている表現です。期間について法律や公的制度上の統一定義があるものではなく、本記事では主にFIRE直前5年から退職直後数年間を想定しています。
※本記事で示したFIREの7段階は、公的機関、学術団体、金融機関等が定めた公式分類ではありません。経済的自由への進捗と退職前後の家計変化を分かりやすく整理するため、本記事独自の枠組みとして示したものです。
※本記事は、FIRE、早期退職、特定の退職時期、資産配分、株式比率、現金比率または金融商品を推奨・保証するものではありません。必要な資産額や適切な退職時期は、年齢、収入、生活費、資産構成、負債、健康状態、公的年金、家族構成、住居、雇用状況、リスク許容度等によって大きく異なります。
※住民税、健康保険、国民年金等の制度や負担額は、退職時期、年齢、前年所得、居住地、加入していた健康保険等によって異なります。実際の退職に当たっては、勤務先、市区町村、日本年金機構、加入している健康保険者などの最新情報をご確認ください。
※投資には元本割れのリスクがあります。過去の市場実績や本記事中の単純計算例は、将来の運用成果を保証するものではありません。新NISA、株式、投資信託、債券等を利用する場合には、制度内容、価格変動リスク、手数料、税制、ご自身の家計・資産状況を確認したうえで、ご自身の判断で行ってください。

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