働き盛りって誰が決めた?|FIRE後の無職期間は“労働力の供給終了”である / FIRE計画の羅針盤

シャッターに「労働力の供給サービス終了」と貼り紙を出し、長年続けた店を静かに閉めるメガネおじさんを描いた、FIRE後の無職期間と働き盛り観をテーマにした青基調のアイキャッチ FIRE後の暮らし

まだ働き盛りなのに、もう仕事を辞めるの?」、FIREや早期リタイアを考えていると、こういう言葉をぶつけられることがあります。

40代は働き盛り。50代もまだまだ現役。健康なら働ける。能力があるなら働くべき。会社員として稼げるうちは、働き続けた方がいい。無職になるには、まだ早い。

世間は、わりと勝手に言ってきます。40代・50代で無職になることや、FIRE後に平日昼間を歩くこと、親戚から「今何してるの?」と聞かれることに気まずさを感じる人は少なくありません。

でも、ここで一つ疑問があります。「働き盛りって、誰が決めたのでしょうか?」。

  • なぜ、他人がこちらの働く期間を決めるのでしょうか
  • なぜ、40代や50代というだけで「まだ働くべき」と言われるのでしょうか
  • なぜ、自分で資産を作り、生活費を下げ、投資を続け、労働から降りる準備をしてきた人が、「働き盛りなのに無職」と言われなければならないのでしょうか

少し乱暴に言えば、周りがだらだら長く働いているだけで、こちらは努力して「労働期間を短縮」しただけです。

もちろん、働き続ける人を否定するつもりはありません。
仕事が好きな人もいます。働くことで生活リズムが整う人もいます。社会との接点が必要な人もいます。家族や住宅ローンや生活費のために働き続ける人もいます。
それはそれで立派です。ただ、それなら逆も認めてほしい。

  • 働く期間を自分で短くする人がいてもいい
  • 無職期間を自分で選ぶ人がいてもいい
  • FIRE後に会社員の肩書きを手放す人がいてもいい
  • 労働力を市場に出すのを、本人の意思で終了してもいい

多様性を認める時代だと言うなら、働き方の多様性だけでなく、働かない期間の多様性も認めてほしいところです。
今回は、働き盛りという言葉に対する違和感、FIRE後の無職期間、平日昼間の気まずさ、親戚の「今何してるの?」問題、そして世間体をかわすための現実的な振る舞いについて、40代独身目線で整理します。

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働き盛りって、誰が勝手に決めたのか

働き盛りという言葉は、便利です。40代は働き盛り。50代は経験豊富な働き盛り。
まだ若い。まだ元気。まだ会社で活躍できる。まだ辞めるには早い。

一見、前向きな言葉に見えます。でも、FIREを考える人からすると、少し重い言葉です。
なぜなら、「働き盛り」は本人のための言葉というより、社会や会社から見た労働力としての見方に近いからです。

経験がある。体力もまだある。若手ほど教育コストもかからない。管理もできる。実務も分かる。社内事情も分かる。だから、まだ働ける。これは、労働力として見ると確かにそうかもしれません。

でも、本人の人生はどうでしょうか。もう十分働いた。もう会社に時間を売り続けたくない。健康なうちに自由時間を持ちたい。親のことも気になる。自分の体力も落ちてきた。会社の理不尽に付き合う気力が減ってきた。資産形成も進んできた。生活費も下げられた。
なら、「そろそろ労働から降りてもいいのではないか」、こう考える人がいても、別におかしくありません。

働き盛りかどうかは、外から決めるものではありません。
本人が、まだ働きたいと思うなら働けばいい」、「本人が、もう十分だと思うなら降りればいい」、それだけの話です。

無職は脱落ではなく、労働力の供給終了である

FIRE後や早期リタイア後は、肩書きとしては「無職」になることがあります。この言葉が重いです。

無職。無収入。働いていない人。何をしているか分からない人。社会から外れた人。こういう空気を感じる人もいると思います。

でも、FIRE後の無職は、必ずしも脱落ではありません。
むしろ、「自分の労働力を市場に出すサービスを終了した状態」です。

会社員時代は、自分の時間、体力、思考、忍耐力、責任感、ストレス耐性を会社に提供しています。
その対価として給料を受け取っています。つまり、労働力の供給サービスです。
FIRE後は、そのサービスを終了する。それだけです。

別に壊れたわけではありません。負けたわけでもありません。社会から逃亡したわけでもありません。誰かに迷惑をかけているわけでもありません。

自分で稼ぎ、自分で貯め、自分で投資し、自分で生活できる状態を作った、だから、労働力の供給を停止した」、かなり筋が通っています。

世間の見方FIRE目線の見方
働き盛りなのに無職労働期間を自分で短縮した
仕事を辞めた人労働力の供給サービスを終了した人
空白期間会社に時間を売っていない期間
社会から外れた人会社中心の生活から降りた人
何をしているか分からない人他人に説明する必要のない生活をしている人

こう考えると、無職という言葉の見え方が少し変わります。
無職は、必ずしも弱い言葉ではありません。自分の生活を自分で支えられるなら、無職は一つの状態です。
ただの状態に、必要以上の恥を背負わせなくていいと思います。

周りが長く働いているだけで、こちらは労働期間を短縮しただけ

FIREを目指す人は、何もせずに会社を辞めるわけではありません。

生活費を把握する。支出を下げる。無駄な固定費を減らす。投資を続ける。相場の下落にも耐える。ボーナスを使い切らない。見栄消費を減らす。新NISAや課税口座を使って資産を作る。退職後の税金や国保も考える。自分がどれくらいの生活費で暮らせるか確認する。かなり地味な努力をしています。

その結果として、会社員として働く期間を短縮できるなら、それは一つの成果です。
周りが65歳まで、70歳まで働くとしても、それはその人の選択です。
こちらが50代前半や40代後半で労働力の供給を終了するなら、それもこちらの選択です。

周りと同じ期間働かないからといって、責められる筋合いはありません。
むしろ、こう言っていいと思います。「働く期間は、こちらが決めるので」。

人生の労働契約期間を、社会が勝手に決めないでほしい。
40代だから働け。50代だからまだ働け。健康だから働け。独身ならもっと働け。暇なら働け。能力があるなら働け。
いや、知りません。労働力の提供には、こちらの同意が必要です。

会社員生活を続けるかどうかは、本人の資産、健康、生活費、家族状況、人生観によって決めるものです。社会の空気で決めるものではありません。

多様性を言うなら、無職期間も認めてほしい

最近は、「多様性」という言葉がよく使われます。
多様な働き方。多様なキャリア。多様な生き方。多様な価値観。多様なライフスタイル。それ自体は良いことです。
でも、本当に多様性を認めるなら、働かないことも認めてほしいところです。

会社員。自営業。フリーランス。副業。パート。時短勤務。リモートワーク。兼業。週休3日。
ここまでは、わりと語られます。でも、無職は急に冷たい目で見られます。

  • 働き方の多様性は認める、でも、働かない選択は認めない
  • 会社員以外の働き方は認める、でも、労働市場から一時的に降りることは認めない

これは少し変です。もちろん、生活保護や家族の援助に全面的に頼りながら、働けるのに働かないという話とは分けて考える必要があります。
ここで言っているのは、「自分で生活費を用意し、自分の責任で労働から距離を取る人」の話です。

資産で暮らす。退職金でしばらく休む。投資収益と貯蓄で生活する。転職前に空白期間を持つ。FIRE後に会社員をやめる。サイドFIRE前に生活を整える。こういう無職期間まで、全部まとめて悪者扱いするのは雑です。
多様性を語るなら、働かない期間も人生の一部として認めてほしい」、そう思います。

平日昼間に歩いて何が悪い

FIRE後や無職期間に、地味に気になるのが「平日昼間」です。

平日の午前中にスーパーへ行く。昼間に近所を歩く。午後にカフェへ行く。役所へ行く。病院へ行く。図書館へ行く。公園を通る。コンビニへ行く。ただ普通に生活しているだけです。

でも、会社員社会に染まっていると、少し気まずく感じることがあります。
この人、仕事は?」、「平日昼間から何してるの?」、「無職なのかな?」、「近所の人にどう思われるかな?」、こんなことを勝手に考えてしまう。

でも、よく考えればおかしな話です。平日昼間に外を歩いている人はたくさんいます。
夜勤明けの人。シフト勤務の人。自営業の人。在宅勤務の休憩中の人。有休中の人。通院中の人。育児中の人。介護中の人。学生。退職者。フリーランス。そして、FIRE後の人。

平日昼間に外にいるだけで、何かを疑われる筋合いはありません。
ただ、こちらの心が勝手に気まずくなることはあります。

これは、社会が悪いというより、自分の中に会社員中心の感覚が残っているからかもしれません。
平日昼間は働く時間。外にいるなら仕事中のはず。家にいるなら休みか病気のはず。昼間にぶらぶらしているのはおかしい。この感覚があると、FIRE後の平日昼間が妙に落ち着かなくなります。

でも、FIREしたなら、その感覚から少しずつ降りていい。
平日昼間は、会社員だけのものではありません。自分の生活時間です。

親戚の「今何してるの?」は、全部正直に答えなくていい

無職期間で面倒なのが、「親戚や知人からの質問」です。
今、何してるの?」、「仕事は?」、「次は決まったの?」、「毎日何してるの?」、「まだ働けるでしょ?」、「もったいないね」、「早すぎない?」、「暇じゃない?」、これ、なかなか面倒です。

特に帰省や法事、親戚の集まりでは、説明コストが高いです。
FIREを理解している人ならいいですが、そうでない人に説明すると、話が長くなります。

資産形成をしていて。生活費を下げていて。投資で運用していて。退職後の税金も計算していて。しばらく会社員としては働かない予定で。でも生活はできます。
ここまで説明しても、相手は結局こう思うかもしれません。「つまり無職?」。

それなら、最初から全部説明しなくてもいいです。親戚に人生計画をプレゼンする義務はありません。
使いやすい言い方としては、次のようなものがあります。

場面無難な言い方
詳しく話したくないとき今は少し仕事を整理しています
退職直後のときしばらく休みながら生活を整えています
FIREを説明したくないとき資産運用も含めて、今後の働き方を考えています
転職予定を聞かれたとき急がずに次の形を考えています
突っ込まれたくないときまあ、無理せずやっています
相手がしつこいとき詳しいことはまた落ち着いたら話します

ポイントは、相手に理解させようとしすぎないことです。
理解してくれる人には話せばいい。理解しない人には、最低限でいい。
FIREや無職期間は、自分の人生設計です。親戚会議で承認を取る案件ではありません。

会いたくない人には会わなくていい

無職期間やFIRE後は、「人間関係の整理」も大事です。

親戚だから会わなければいけない。元同僚だから近況報告しなければいけない。近所だから説明しなければいけない。古い友人だから理解してもらわなければいけない。そう思いがちですが、全部に応じる必要はありません。

会うと削られる人には、会わなくていいです。
毎回、仕事のことを聞いてくる人。無職を見下す人。余計な説教をしてくる人。こちらの生活を勝手に心配してくる人。結婚、仕事、収入、老後をまとめて突いてくる人。こちらを不安にさせることで、自分が正しいと思いたい人。
こういう人に、丁寧に人生を説明しても疲れるだけです。
距離を置いていい。帰省の回数を減らしていい。集まりを断っていい。連絡頻度を下げていい。「予定があります」で済ませていい。

人生の労働力供給を終了したのに、人間関係の無償対応窓口を開きっぱなしにする必要はありません。ここもサービス終了でいいです。
もちろん、完全に孤立しろという話ではありません。大切な人、理解してくれる人、安心できる人とのつながりは大事です。
でも、うるさい人や面倒な人に、無理に会い続ける必要はありません。無職期間を守るには、人間関係の取捨選択も必要です。

余計な誤解を避ける最低限の振る舞いはしておく

ここまで、無職を過剰に恥じる必要はないと書いてきました。
ただし、現実問題として、世の中の見方が急に変わるわけではありません。

多様性と言いながら、無職にはまだ厳しい視線があります。
平日昼間に外を歩く中年男性に対して、余計な目線が向くこともあります。
近所付き合いや親戚付き合いでは、変に詮索されることもあります。

だから、こちらが悪くなくても、余計な誤解を避ける工夫はしておいた方がいいです。
これは、世間に負けるという意味ではありません。自分の静かな生活を守るための生活防衛です。

場面最低限の工夫
平日昼間の外出清潔感のある服装にする、堂々と歩く、必要以上に周囲を気にしない
近所付き合い挨拶だけは普通にする、余計な説明はしない、感じ悪くしない
スーパー・コンビニ普通に買い物する、長時間うろうろしすぎない、店員に横柄にしない
役所・銀行・病院必要書類を整え、無職でも堂々と手続きする
親戚対応詳しく説明しすぎず、短い定型文でかわす
SNS無職自慢、会社員煽り、FIREマウントをしない
元同僚対応近況を話しすぎない、会社批判をしすぎない

身だしなみは、思想ではなく防具です。清潔感のある服装。最低限の挨拶。落ち着いた振る舞い。必要書類の準備。余計な説明をしないこと。SNSで煽らないこと。このくらいで十分です。

無職だからこそ、変に卑屈になる必要はありません。でも、無駄に敵を作る必要もありません。
静かに暮らしたいなら、静かに見える振る舞いをしておく」、これはかなり実用的です。

無職期間にやらなくていいこと

無職期間になると、焦っていろいろやらなければと思いがちです。
資格を取らなければ。副業を始めなければ。社会貢献しなければ。健康的な生活をしなければ。毎日運動しなければ。人と会わなければ。次の仕事を探さなければ。ちゃんとした無職にならなければ。
無職にも「ちゃんと」を持ち込むと、かなり疲れます。

もちろん、やりたいことがあるならやればいいです。
必要な手続きや健康管理はした方がいいです。生活費の確認も大事です。
でも、無職期間をすべて有意義にしようとする必要はありません。

やらなくていいこと理由
毎日を充実させること無職期間まで成果主義にしなくていい
全員にFIREを理解させること理解しない人は理解しない
親戚に細かく説明すること説明しても消耗するだけの場合がある
無職を立派に見せること無職はただの状態であり、演出不要
すぐ次の肩書きを作ること肩書きなしでいる時間もあっていい
会社員を見下すこと余計な反発を招くだけで得がない
FIRE後の人生をキラキラさせること静かな生活で満足ならそれでいい

無職期間は、何かを証明する期間ではありません。
働いていない自分にも価値があることを、誰かに見せる必要はありません。
むしろ、「他人に説明しなくてもいい時間を作ることが、FIREの価値」です。

FIRE後の無職は、空白ではなく余白である

履歴書の世界では、無職期間は空白期間と呼ばれがちです。
でも、FIRE後の無職期間まで空白と呼ぶ必要はありません。

空白という言葉には、何か足りない感じがあります。
働いていない。記録がない。キャリアが止まっている。説明が必要。埋めなければいけない。

でも、FIRE後の無職期間は、必ずしも埋めるべき空白ではありません。余白です。
会社に取られなかった時間。他人の予定で埋められなかった時間。労働力として使われなかった体力。会議で消えなかった午前中。メールで削られなかった集中力。上司の思いつきに捧げなかった午後。それを空白と呼ぶのは、会社員社会の見方です。

本人にとっては、ようやく手元に残った時間です。
もちろん、転職を考えている人にとっては、無職期間の説明が必要になることもあります。
その場合は、体調管理、家族対応、資格学習、生活設計、資産管理など、必要に応じて説明すればいいです。

でも、FIRE後に再就職するつもりがないなら、履歴書の空白を気にしすぎる必要はありません。
もう労働力の供給サービスを終了したのです。再契約予定がないなら、空白欄を誰かに埋めてもらう必要もありません。

労働力の供給終了には、お金の土台が必要

ここまで、無職を過剰に恥じなくていいと書いてきました。ただし、重要な前提があります。
労働力の供給を終了するには、お金の土台が必要です。

生活費。住居費。国民健康保険料。住民税。年金。医療費。家電の買い替え。親のこと。老後資金。相場の下落。インフレ。想定外の出費。これらは普通に存在します。

働き盛りって誰が決めた」と言うには、生活を支える準備が必要です。
無職を肯定することと、無計画に仕事を辞めることは違います。FIRE後の無職は、「準備のある無職」です。

  • 自分の生活費を把握している
  • 当面の現金を持っている
  • 投資資産がある
  • 退職後の税金を考えている
  • 社会保険の切り替えも見る
  • 収入がなくても暮らせる期間を確認している

この準備があるから、堂々と労働力の供給を終了できるのです。

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労働期間を自分で決めるには、気合いだけでは足りません。資産形成という土台が必要です。
働かない自由」は、感情だけではなく、数字で支えるものです。

世間体を完全に消すのではなく、受け流す

無職期間で面倒なのは、「世間体」です。
無職と思われたくない。親戚に説明したくない。近所にどう見られるか気になる。元同僚に何をしているか聞かれたくない。平日昼間に外出するのが気まずい。こういう感情は自然です。

気にするな」で全部消えれば楽ですが、そんなに簡単ではありません。
だから、世間体は消すのではなく、受け流すものだと思います。

真正面から戦わない。全員に理解させようとしない。説明しすぎない。距離を置く。定型文でかわす。堂々とする。でも、わざわざ煽らない。これが現実的です。

相手・場面基本方針
親戚短く答える。理解を求めすぎない。しつこければ話題を変える
近所挨拶だけ普通にする。仕事の説明は不要
元同僚会社批判をしすぎず、近況は浅く伝える
友人分かってくれる相手だけ詳しく話す
SNS無職やFIREを過度に誇示しない
自分自身無職を恥じすぎない。ただし生活設計は確認する

世間体は、完全には消えません。でも、人生を決める権限まで渡す必要はありません。
働き盛りという言葉も同じです。耳には入るかもしれません。でも、従う必要はありません。

働き盛りで無職の何が悪いのか

働き盛りで無職」、この言葉だけ見ると、なんとなく悪いことのように見えます。
でも、「本当に悪いのでしょうか?」。

自分で生活費を用意している。誰かに無理な負担を押しつけていない。借金で遊んでいるわけではない。社会保障制度を不正利用しているわけでもない。必要な税金や保険料を払いながら暮らしている。健康を守り、静かに生活している。会社に労働力を提供しないだけ。これの何が悪いのでしょうか。

働き盛りという言葉は、外から見た都合」です。
本人にとっては、もう十分働いたのかもしれません。健康な時間を自分に使いたいのかもしれません。親のことを考えているのかもしれません。会社に削られる人生を終わらせたいのかもしれません。静かに暮らしたいだけかもしれません。

そこに他人が口を出しすぎる必要はありません。
働く人は働けばいい。働きたい人は働けばいい。働く必要がある人は働けばいい。
でも、「働かない準備をした人が、働かない選択をしてもいい」。

労働力の供給サービスをいつ終了するかは、本人が決める」、これが、FIREの根本にある考え方だと思います。

まとめ

働き盛りなのに無職でいいのか」、FIREや早期リタイアを考える人にとって、この言葉は地味に重いです。

40代は働き盛り。50代もまだ現役。健康なら働ける。能力があるなら働くべき。会社員として稼げるうちは働いた方がいい。こうした空気は、社会の中にあります。

でも、働き盛りかどうかを決めるのは、世間ではありません。働く期間は、本人が決めるものです。
FIRE後の無職期間は、脱落ではありません。空白でもありません。
自分の労働力を市場に出すサービスを終了しただけ」です。

周りが長く働いているからといって、自分も同じだけ働かなければならないわけではありません。
生活費を下げた。資産形成を続けた。投資した。無駄遣いを減らした。退職後の生活を考えた。
その結果、労働期間を短縮した。それなら、堂々としていいと思います。

もちろん、世の中の見方が急に変わるわけではありません。
平日昼間に外を歩くと気まずい。親戚に「今何してるの?」と聞かれる。近所の目が気になる。元同僚に説明しづらい。無職という言葉に引っかかる。こういう場面はあります。

だからこそ、真正面から戦わず、うまくかわすことも大事です。

親戚には短く答える
会いたくない人には会わない
平日昼間も堂々と歩く
最低限の清潔感と挨拶は保つ
余計な説明はしない
SNSで無職マウントや会社員煽りをしない
自分の生活費と資産状況はきちんと確認する

無職を過剰に恥じる必要はありません。ただし、無計画に仕事を辞めることとは違います。
FIRE後の無職は、準備のある無職」です。

働き盛りという言葉に縛られなくていい。無職期間を空白扱いしなくていい。平日昼間に歩いていい。親戚に全部説明しなくていい。会いたくない人には会わなくていい。

労働力の供給サービスは、本人の意思で終了していい

働き盛りって誰が決めたのか」、少なくとも、自分の働く期間は、自分で決めていいはずです。

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※本記事は、FIRE、早期リタイア、無職期間、働き方、世間体、生活設計に関する一般的な考え方を整理したものであり、特定の退職判断、投資行動、働き方を推奨するものではありません。
※無職期間への向き合い方は、資産状況、健康状態、家族関係、住環境、社会保険、税金、生活費、再就職意思によって異なります。退職や早期リタイアを検討する場合は、ご自身の状況に合わせて慎重に判断してください。
※心身の不調、不眠、強い不安感、孤独感、抑うつ感などが続く場合は、無理に自己判断せず、医療機関や専門家への相談も検討してください。

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