会社員として働いていると、人生には何となく決められた順番があるように感じます。
学校を卒業したら働き始め、30代、40代、50代と仕事を続け、60代になって定年を迎えたら、ようやくまとまった自由時間が手に入る。
最近では定年後も継続雇用で働く人が珍しくなくなり、「老後に自由になる」という時期そのものがさらに後ろへ延びつつあります。
制度面でも、企業には65歳までの雇用確保措置が義務付けられ、70歳までの就業機会を確保する措置についても努力義務が設けられています。
70歳定年が一律に義務化されたわけではありませんが、社会全体として「長く働ける環境」を整える方向へ進んでいるのは確かです。
長く働けること自体は悪い話ではありません。給与収入が続けば生活は安定しますし、資産を取り崩す時期を遅らせられます。
厚生年金や社会保険、退職金、会社員としての信用などを考えても、定年まで働くことにはかなり強い経済合理性があります。
それでも40代になってFIREを考え始めると、私は一つ気になることがあります。
お金については「いつ使うか」まで考えるのに、時間については「老後まで取っておく」がほぼ自動的に選ばれていないでしょうか。
新NISAへいくら入れるか、FIREにはいくら必要か、何%で取り崩すか、年金をいつ受け取るか。私たちは将来のお金について、かなり細かく時間配分を考えます。
ところが自由時間になると、40代や50代は仕事へ使い、定年退職後になってからまとめて受け取るという設計を、ごく自然なものとして受け入れています。
そこで少し意地悪な質問が浮かんできます。
「48歳で自由に使える1年間と、68歳で自由に使える1年間は、本当に完全に同じ価値なのでしょうか?」。
もちろん、68歳になったら人生を楽しめないという話ではありません。むしろ仕事から完全に解放され、資産にも余裕ができてからこそ楽しめることはいくらでもあります。
ただし、自分の体力や健康状態、親の年齢、付き合っている友人、住んでいる場所、旅行したい気持ち、新しいことへ挑戦する意欲まで、20年後も現在と同じ条件で保存されているわけではありません。
お金なら、今年使わなかった100万円を来年へ繰り越すことができます。
投資していれば増えている可能性さえあります。
でも、今年使わなかった「48歳の夏」は、68歳になってから口座から引き出すことができません。
この記事では、この違いを手掛かりに「何歳でFIREするべきか」ではなく、「人生のどの時期へ自由時間を配分するのか」を考えてみます。
- 定年まで働くメリットはかなり大きい。それでも話はそこで終わらない
- お金には残高が見える。でも「時間」という資産には残高表示がない
- 40代の1年と70代の1年は、同じ365日でも使い道が違う
- FIREは資産を最大化するゲームではなく、時間の選択肢を買うゲームでもある
- 「定年まで働くのが一番安全」は、お金の安全性だけならかなり正しい
- 「もう1年働く」はタダではない。何を得て何を払うのかを両側から見る
- 時間を前倒しする方法は、会社を辞めることだけではない
- 定年後の自由時間にも大きな価値がある。だから「全部前倒し」もしなくていい
- 「定年したらやりたいこと」を三つに分けると、時間の先送りが見えてくる
- 現役時代は「時間がない」、FIRE後は「暇すぎる」――これは配分の問題かもしれない
- 40代になったら「資産の棚卸し」と一緒に時間も棚卸ししてみる
- FIRE直前になるほど「もっと安全になってから」は終わらなくなる
- 「何歳でFIREするか」より、「何歳まで今の条件で時間を売るか」
- まとめ|定年まで働くかどうかは、お金だけでなく「時間の残高」まで入れて考える
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定年まで働くメリットはかなり大きい。それでも話はそこで終わらない
まず大前提として、定年まで働くことのメリットは大きいです。
早期リタイアの記事では会社員生活が悪者になりがちですが、お金の面だけを考えるなら、会社員という立場は相当に強い仕組みです。
毎月の給与から生活費を払えるため、自分の金融資産を取り崩さずに済みます。
厚生年金の加入期間も積み上がりますし、健康保険をはじめとする社会保険、勤務先によっては退職金、企業年金、健康診断や団体保険などの福利厚生も利用できます。
住宅ローンや賃貸契約、クレジットカードなどでも、安定した給与所得があることは信用力になります。
例えば50歳で5,000万円の金融資産を持っている人が、その後も給与で生活費を賄いながら投資を続けられれば、資産形成という意味ではかなり有利です。
一方、50歳でFIREすれば、その時点から生活費の一部または全部を金融資産で賄う必要が生じます。
しかも両者の差は、単純な「1年分の給料」だけではありません。
| 定年まで働くことで得やすいもの | 早く退職すると変わるもの |
|---|---|
| 継続的な給与収入 | 生活費を資産などから賄う割合が高まる |
| 厚生年金の加入継続 | 将来の年金額に影響する可能性がある |
| 会社の社会保険・福利厚生 | 退職後の制度へ切り替わる |
| 退職金・企業年金 | 勤務年数や退職時期で条件が変わる場合がある |
| 会社員としての信用力 | 賃貸・ローン等で扱いが変わる場合がある |
| 金融資産を取り崩さずに済む期間 | 取り崩し開始時期が早くなる |
だから、「定年まで働くのは損だから今すぐ辞めよう」ということではありません。むしろ逆です。
「定年まで働く方がお金の面では合理的であることを認めたうえで、それでも人生全体の最適解まで同じなのかを考える」ことが大切です。
お金には残高が見える。でも「時間」という資産には残高表示がない
FIREでは金融資産ばかりを見ます。
証券口座を開けば4,000万円、5,000万円と数字が表示され、前日からいくら増えたのかまで分かります。
銀行預金も、退職金も、年金見込額も、ある程度は金額として確認できます。
ところが人生には、もう一つ巨大な資産があります。
「自分が自由に使える時間」です。この資産が厄介なのは、金融資産とは性質が大きく違うことです。
| 金融資産 | 時間という資産 |
|---|---|
| 使わなければ後へ残せる | 使わなくても時間そのものは過ぎる |
| 運用によって増える可能性がある | 残り時間を投資で増やすことはできない |
| 残高を数値で確認できる | 自分の残り時間を正確には知ることができない |
| 他人へ譲ったり相続したりできる | 自分の時間は他人へ譲れない |
| 将来使うために貯められる | 同じ年齢の時間を将来へ持ち越せない |
| 価値は主に購買力などで変化する | 年齢、健康、家族、友人、環境によって使い道も変わる |
例えば今年100万円を使わずに残せば、来年その100万円を使えます。
一方、今年有給休暇を取らずに過ごした休日や、仕事を理由に見送った「今年しか存在しなかった機会」は、原則として同じ状態では戻ってきません。
もちろん、働いた時間がすべて失われるわけではありません。
仕事そのものが楽しい人もいますし、働くことで社会とのつながりや達成感を得ている人もいるでしょう。
給与を受け取ることで将来の自由を大きくしている面もあります。
だから問題は「働いた時間 = 無駄」ではありません。
問題なのは、「時間も有限の資産なのに、金融資産ほど残高を意識しないまま使い続けてしまう」ことです。
証券口座には「あと何年、元気な状態で海外旅行できる可能性があるか」は表示されません。
親と一緒に過ごせる残り時間も、今の友人と同じ生活圏にいられる期間も表示されません。
それだけに時間は、お金以上に「まだたくさん残っている」と錯覚しやすい資産です。
40代の1年と70代の1年は、同じ365日でも使い道が違う
ここで誤解しないようにしたいのは、若い時間の方が必ず価値が高いという話ではないことです。
70代だからこそ楽しめる人生もあります。仕事や住宅ローンから解放され、資産にも余裕があり、平日の好きな時間を好きなように使えるのであれば、若いころより自由を満喫できる人もいるでしょう。
ただ、「40代の1年と70代の1年は完全な代替品ではありません」。
厚生労働省の2024年簡易生命表によれば、日本人の平均寿命は男性81.09年、女性87.13年です。
また40歳時点の平均余命は男性42.03年、女性47.88年となっています。
もちろん、これらは人口集団についての平均であり、個人があと何年生きるかを予測する数字ではありません。
さらに、健康上の問題によって日常生活が制限されない期間を示す「健康寿命」の直近公表値は、2022年で男性72.57年、女性75.45年です。
これについても「その年齢を超えたら活動できなくなる」という意味ではなく、あくまで人口全体を捉える統計指標です。
ここから言えるのは、寿命を予想しようということではありません。
「自由時間の長さだけではなく、その時点で持っている選択肢まで含めて考えた方がいい」ということです。
48歳なら長距離を歩き回る旅行を楽しみたいかもしれません。
68歳でも同じ旅行ができるかもしれませんが、現在と同じ体力が保証されているわけではありません。
40代なら親と一緒に出掛けられるかもしれません。20年後にもその機会があるとは限りません。
今は気軽に会える友人も、20年後には仕事、家族、引っ越し、健康など、それぞれの事情が変わっているでしょう。
そして何より、自分自身が20年後に同じことをやりたいと思っている保証もありません。
だから私は、金融の「現在価値」を借りて、自由時間にも現在価値のようなものがあると考えています。
これは金額へ換算する必要はありません。概念として考えるなら、自由時間の価値は単純な「何時間あるか」だけではなく、その時間に何ができるか、誰と過ごせるか、自分がそれをやりたいと思っているかによって変わります。
その意味で、「将来30年間自由だから、今の1年間は働いても同じ」という計算は少し粗い。
将来の自由時間は、現在の自由時間と完全には交換できないからです。
FIREは資産を最大化するゲームではなく、時間の選択肢を買うゲームでもある
そもそも、なぜFIREを目指すのでしょうか。
証券口座に5,000万円と表示させること自体が人生最大の目的なら、話は簡単です。
働ける限り働いて、できるだけ多く投資し、なるべく使わなければ資産は増えやすくなります。
でも、多くの人がFIREに惹かれるのは金融資産という数字そのものではありません。
自分で起きる時間を決めたい、平日に旅行したい、会社都合で一日の予定を全部決められたくない、趣味にもっと時間を使いたい、親が元気なうちに一緒に過ごしたい、何もしない午後を持ちたい。
つまり金融資産は、「将来の時間と選択肢を買うための交換券」でもあります。
そう考えると、FIREには妙な逆転現象が起こります。
自由時間を手に入れるために資産形成を始めたはずなのに、資産が増えるほど「もう少し増やしてから」と自由を先送りするようになるのです。
最初は3,000万円あればかなり楽になると思っていた。3,000万円になると5,000万円ならもっと安心だと思い、5,000万円になると6,000万円を目指したくなる。
そのうち「ここまで働いたなら退職金をもう少し増やそう」、「あと数年で60歳だから、そこまで行った方が得ではないか」となります。
気がつけば、FIREを目指した結果、普通に定年まで働いていた。これは笑い話のようですが、十分あり得ます。
もちろん、資産形成が進むにつれて目標額を見直すこと自体は悪くありません。
物価も生活費も変化しますし、FIRE後の生活像が具体的になるほど必要資産が増えることもあるでしょう。
ただ、安全率には上限がありません。6,000万円より7,000万円、7,000万円より8,000万円の方が安全ですし、1億円より1億5,000万円の方がさらに安全でしょう。
金融面の安全性だけを最大化し続ければ、最終的には「働ける限り働くことが最適解」になりやすい。
そこで一度、「何のために安全性を高めているのか」へ戻る必要があります。
▶ 「まだお金が足りない」はマネーディスモーフィア?|給料という“見えない債券”まで含めてFIREの必要資産を考える / FIRE計画の羅針盤
資産が増えているのに「まだ足りない」が消えなくなったときは、金融資産だけでなく、今後の給与収入や働ける選択肢まで含めて現在地を考えると見え方が変わります。
お金を残しすぎる問題には「時間版」もある
老後資金では、「使い切ったらどうしよう」という不安が強くなります。
これは当然です。寿命も将来の物価も運用成績も分からない以上、ある程度の余裕資金は必要です。
一方、老後になっても資産をほとんど取り崩せず、多額の金融資産を残したまま亡くなる人がいることも知られています。
FIREでは、この「お金を使えない問題」を考えることがあります。でも同じ構造は時間にもあります。
資産を残しすぎた場合、お金そのものは相続することができます。
しかし、使わずに通り過ぎた50歳の1年間を誰かへ残すことはできません。
だから「老後資金を使い切るリスク」だけでなく、「自由時間を使わないまま人生の後半へ寄せすぎるリスク」も、同時に見ておいた方がいいです。
「定年まで働くのが一番安全」は、お金の安全性だけならかなり正しい
「定年まで働くのが一番安全」という考え方は、間違っているわけではありません。
給与が続き、資産の取り崩し開始を遅らせ、社会保険や厚生年金なども維持できるので、「金融面の安全性」は高くなりやすいからです。
ただし、「安全」という言葉に含めるものを増やすと結論が変わります。
お金が足りなくなるリスクと、やりたかったことを先送りし続けるリスクは別物です。
| 人生設計 | 金融面の安全性 | 自由時間の前倒し | 気を付けたいこと |
|---|---|---|---|
| 定年までフルタイムで働く | 高くなりやすい | 小さい | 自由を人生後半へ集中させやすい |
| 比較的若いうちに完全FIRE | 資産額・支出次第 | 大きい | 資産枯渇、社会保険、再就職などのリスク |
| ある時点から仕事量を減らす | 中間になりやすい | 中間 | 収入減とのバランスが必要 |
| 会社員を維持しながら自由度を上げる | 比較的維持しやすい | 職場環境次第で増やせる | 制度・就業規則・仕事内容に左右される |
ここで重要なのは、「金融面の安全と時間面の安全は同じ方向に動くとは限らない」ことです。
資産が不足しているのに勢いだけで仕事を辞めれば、金融面の安全を壊します。
一方、すでに十分な資産や選択肢があるのに「もっと安全に」と働き続け、その間に今しかできなかったことを失えば、時間という意味では別のリスクを取っています。
FIREを0か100かで考えると、この二つを両立しにくくなります。
だから私は、資産配分と同じように「時間配分」を考えるのがいいと思っています。
- 株式へ100%集中せず、現金や債券などへ資産を分散するのと同じように、自由時間も人生の最後へ100%集中させなくていい
- 40代ではまだ働きながら少し自由を増やし、50代で資産が十分になれば仕事の比重を下げ、60代以降にはさらに自由を増やす
そんな分散も立派なFIRE戦略です。
「もう1年働く」はタダではない。何を得て何を払うのかを両側から見る
FIREが現実的になってきた人ほど、「あと1年だけ働こう」という判断をしやすくなります。
この1年はかなり重要です。資産がまだ少ない段階なら、もう1年働くメリットは非常に大きいでしょう。
給与を受け取り、追加投資ができ、退職後の生活期間も1年短くできます。
ところが資産が十分に育つにつれて、「もう1年」の意味は少しずつ変わります。
例えば、もう1年働けば手取り収入から300万円を追加貯蓄でき、退職金も増えるとします。
金融面では分かりやすくプラスです。ただ、その対価として「49歳で自由になる」を「50歳で自由になる」へ変更しています。この交換が得か損かは、年収だけでは決まりません。
| もう1年働くことで得るもの | もう1年働くことで後ろへ送るもの |
|---|---|
| 追加の貯蓄・投資資金 | 完全に自由になる時期 |
| 資産取り崩し開始を1年遅らせる効果 | その年齢でしかできない活動 |
| 退職金や企業年金等の増加可能性 | 親・友人などと共有できる時間 |
| 厚生年金・社会保険の継続 | 仕事から離れて試したかった生活 |
| 会社員としての信用や福利厚生 | 自分の体力や意欲が比較的高い時期の自由 |
| 仕事自体から得る充実感や人間関係 | 別のことへ使えた時間と注意力 |
これを毎年考えるだけでも、FIREの判断はかなり変わります。
「まだ辞めるのが怖いから働く」ではなく、「この1年間を会社へ提供することで、自分は具体的に何を受け取るのか」を確認するわけです。
例えば金融資産3,000万円の人にとって、1年間で300万円増やせることはかなり大きな意味を持つでしょう。
一方、1億円近い金融資産があり、年間生活費も十分に抑えられている人にとって、同じ300万円の価値は相対的に小さくなる可能性があります。
お金には、増えるほど追加1円のありがたさが小さくなる面があります。
その一方で時間は、残りが短くなるほど「この時期にしかできないこと」が意識されやすくなる。
つまりどこかで、「追加のお金から得られる安心より、追加の自由時間から得られる価値の方が大きくなる地点」があるのかもしれません。
それが万人共通の「5,000万円」でも「50歳」でもないところがFIREの難しさです。
だから本当のFIREラインは、単なる金融資産額ではなく、「もう1年働く価値」と「1年早く自由になる価値」の境目として考える方が自分にはしっくりきます。
時間を前倒しする方法は、会社を辞めることだけではない
ここまで読んで、「結局、早くFIREした方がいいという話じゃないか」と思った人もいるかもしれません。
でも、私はむしろ逆だと思っています。
時間の先送りリスクに気づいたからといって、完全退職を急ぐ必要はありません。
自由時間を少し前倒しする方法は、FIRE以外にもあります。
例えば有給休暇を制度の範囲内できちんと使い、残業を必要以上に増やさず、可能であれば働き方や職責を見直すだけでも、年間の自由時間は変わります。通勤時間が大きな負担なら、転居や勤務制度を検討できる人もいるでしょう。
重要なのは、「自由 = 退職後にだけ存在するもの」と考えないことです。
完全FIREなら自由度は大きくなりますが、給与という強力な収入源も手放します。
一方、会社員を維持しながら自由を10%、20%と増やせるなら、金融面の安全性を大きく壊さずに「今の時間」も使うことができます。
これは言ってみれば、「自由時間の分散投資」です。
20代から60代まで自由をほぼゼロに近づけ、65歳以降へ100%集中する必要はありません。
逆に40代で収入基盤をすべて手放し、将来の金融安全性を極端に削る必要もありません。
人生の複数の時期へ少しずつ自由を配る方が、自分に合う人もいるでしょう。
▶ 正社員を続けながら「辞めないFIRE」は可能?|ブラック企業・ホワイト企業で変わる“辞めない戦略” / FIRE計画の羅針盤
完全退職せずに会社員の経済的メリットを残しながら、会社への依存度を下げる考え方はこちらで整理しています。
そして、この選択肢を増やしてくれるのが金融資産です。
資産形成の価値は「会社を辞める日を早める」ことだけではありません。
ある程度の資産があれば、昇進を断る、収入より働きやすさを優先する、しばらく働けなくなっても慌てない、といった選択がしやすくなります。
▶ FIREまでは遠い…でもFUマネーがあれば会社に魂を売らずに済む / FIRE計画の羅針盤
完全FIREできるほどの資産がなくても、「この会社しかない」という状態から離れられるだけで、時間の使い方や仕事との距離は大きく変わります。
ここで一度、FIREの資産形成を「資産額を増やすゲーム」から元の目的へ戻したい。
お金を増やすのは、自分の時間について選べる状態を作るためでもある
5,000万円そのものに魔法があるのではありません。
5,000万円あることで、「嫌なら辞められる」、「半年休んでも生きていける」、「給料だけを理由に仕事を選ばなくていい」という選択肢が生まれることに価値があります。
定年後の自由時間にも大きな価値がある。だから「全部前倒し」もしなくていい
ここまで時間の先送りについて書いてきましたが、逆方向にも注意が必要です。
「若い時間には価値がある」と聞くと、「今すぐ仕事を辞めて、使える時間を全部使った方が得ではないか」という話にもなりかねません。それも極端です。
若い時期には仕事を通じて収入を得るだけでなく、経験や技能、人間関係、社会保障、将来の金融資産などを作ることができます。
特に金融資産が少ない段階では、1年間の給与収入が人生後半へ与える影響は大きいでしょう。
また定年後だからこそ価値が高まる自由もあります。
住宅費負担が軽くなり、年金収入が始まり、仕事の予定がほぼなくなれば、数週間や数カ月という長い単位で旅行や趣味を楽しめます。
仕事を続けてきた経験そのものが、退職後の活動につながる人もいます。
だから結論は、若いうちに自由を全部使おうでも、老後まで全部貯めようでもありません。
お金と同じように、自由時間にも配分があります。
40代だからこそ楽しめる自由、50代だからできること、70代になってから楽しめる生活を、それぞれ残しておけばいい。
金融資産を一つの株へ全額投資しないのと同じで、「自由時間も人生の一時期だけへ全額集中させなくていい」という話です。
「定年したらやりたいこと」を三つに分けると、時間の先送りが見えてくる
ここからはかなり実務的に考えてみます。「定年後にやりたいこと」を頭の中で思い浮かべてください。
長期旅行をしたい、平日に温泉へ行きたい、趣味を極めたい、資格の勉強をしたい、親と出掛けたい、友人と遊びたい、好きなだけ本を読みたい、何もしない日を増やしたい。
この中には、本当に完全退職しなければできないこともあります。でもよく見ると、全部がそうではありません。
| やりたいことの種類 | 考え方 |
|---|---|
| 今しかできない可能性があること | 親や特定の人との時間、その年齢で挑戦したい活動などは先送り理由を確認する |
| 会社員でも一部できること | 旅行、趣味、勉強、平日の休暇などは今から小さく始められないか考える |
| 退職後だからこそやりやすいこと | 長期旅行、生活拠点の大幅変更、毎日の時間を完全に自由化することなどはFIRE後へ残す |
これだけでも、「定年まで何もできない」という感覚はかなり薄れます。
例えば海外旅行をしたいからFIREしたいと思っていても、本当に必要なのが「世界一周を半年かけてやりたい」なら退職後の自由が必要でしょう。
一方、年に一度5日間旅行したいだけなら、勤務先の制度次第では今からできるかもしれません。
趣味を始めるのも同じです。「退職したら始めよう」と考えている趣味を、今週末から2時間だけ始めてもいい。FIREまで自由をゼロにして耐えるより、「将来欲しい生活の一部を現役時代から試す」方が、もう一つメリットがあります。
それは「自分が本当に自由を楽しめる人なのか分かる」ことです。
現役時代は「時間がない」、FIRE後は「暇すぎる」――これは配分の問題かもしれない
FIREには少し不思議な現象があります。会社員のころは、「自由な時間がない」と悩みます。
ところが会社を辞めると、「時間がありすぎて何をすればいいのか分からない」と悩む人がいます。
一見正反対ですが、実は同じ問題の表と裏なのかもしれません。
現役時代には仕事へ時間を集中させすぎ、退職した瞬間に自由時間が一気に増える。
つまり、人生の時間配分が極端なのです。それならFIRE前から少しずつ自由時間を持ち、自分なりの使い方を試しておく方が自然です。
平日に休んでみる。予定を入れない休日を作ってみる。1週間休めるなら、本当にやりたかった生活を試してみる。
そこで毎日やりたいことが次々と出てくる人もいれば、3日で暇になる人もいるでしょう。どちらでも構いません。
FIRE後の生活を想像だけで決めるより、「自由時間を少量から実際に使ってみる方が、自分に必要な自由の量を判断しやすい」からです。
40代になったら「資産の棚卸し」と一緒に時間も棚卸ししてみる
40代は、この問題を考えるには面白い時期です。
20代のころより金融資産が増えている人も多く、仕事上の立場や将来の収入もある程度見えてきます。
一方で、定年までの残り年数も具体的に数えられるようになります。
そこで年に一度くらい、証券口座の資産配分を見るついでに、「自分の時間についても棚卸ししてみる」といいと思います。
| 確認したいこと | 自分に聞いてみたいこと |
|---|---|
| 今も働いている理由 | お金以外にもこの仕事を続けたい理由があるか |
| FIREを延期している理由 | 実際に資産が不足しているのか、単に不安だからなのか |
| 定年後にやりたいこと | その中で本当に定年まで待つ必要があるものは何か |
| 今しかできないこと | 親、友人、体力、環境など期限のある機会はないか |
| もう1年働く価値 | 追加貯蓄、退職金、年金など具体的に何を得るのか |
| 1年早く自由になる価値 | その1年間を実際に何へ使いたいのか |
| 会社員のまま増やせる自由 | 有給、勤務時間、役割など制度内で変えられるものはないか |
| 退職後の安全性 | 相場下落やインフレが起きても生活を維持できるか |
これをやると、「とりあえず60歳まで」という曖昧な答えが、「あと3年間働けば住宅ローンがこのくらい減って、資産がこのくらい増える。それなら52歳から自由になりたい」のように具体化します。
あるいは逆に、「仕事自体がそれほど嫌ではないし、辞めても特にやりたいことがない。それなら今の会社でもう少し働こう」という結論になるかもしれません。
それも立派な答えです。FIREを目指したからといって、必ず早く退職しなければならないわけではありません。
大切なのは、「定年まで働くことも、早く辞めることも、自分で選んだ結果になっているか」です。
何となく会社に残り続けて気付けば定年だったのと、「今の条件なら働く方が自分には得だ」と毎年選び直した結果として定年まで働いたのでは、同じ勤続年数でも意味はかなり違います。
FIRE直前になるほど「もっと安全になってから」は終わらなくなる
FIREが近づくほど不安が増えることがあります。
資産が少ないころには、「5,000万円あれば辞められる」と思っていた。
ところが本当に5,000万円になると、暴落が怖くなる。インフレが怖くなる。長生きが怖くなる。退職後の社会保険も気になる。そして、「もう1年だけ働こう」となります。
1年後には別の不安が出ます。市場が高値なら「今辞めたら暴落するかもしれない」と思い、市場が下がっていれば「資産が戻るまで待とう」と思う。
景気が良ければ「今の給料を捨てるのはもったいない」と思い、景気が悪ければ「こんな時に辞めるのは危ない」と思う。
要するに、いつでも辞めない理由は作れます。未来の不確実性がゼロになる日は来ません。
だからFIRE直前で本当に必要なのは、未来が完全に安全になるまで待つことではなく、「未来がある程度悪くても生きていける設計を作ること」だと思います。
現金余力を持つ、支出を把握する、資産配分を極端にしない、退職後の税金や社会保険を確認する。
そうした準備ができているなら、次は「まだ危険が残っているか」だけでなく、「その危険をさらに小さくするために、自分はあと何年の時間を払うのか」を考える段階です。
▶ FIRE直前5年は「退職レッドゾーン」|FIREを7段階で考える“もうすぐ自由”が一番危ない理由 / FIRE計画の羅針盤
FIRE直前は資産を増やすことだけでなく、すでに作った自由を暴落や判断ミスで失わないための管理が重要になります。
「何歳でFIREするか」より、「何歳まで今の条件で時間を売るか」
FIREでは「何歳でFIREするのが正解か」と考えがちです。45歳なのか、50歳なのか、55歳なのか。
でも今回のテーマから考えるなら、少し問いを変えた方がいいかもしれません。
自分は何歳まで、今の条件で自分の時間と給与を交換したいのか
会社員は単純に時間を奪われている存在ではありません。
自分の時間や能力を会社へ提供する代わりに、給与、社会保障、経験、人間関係、信用などを受け取っています。
仕事そのものが面白ければ、その時間自体にも価値があります。
だから問題は「働くこと」ではなく、「その交換条件を何十年も無意識に自動更新すること」です。
50歳になったら、51歳の1年間もこの条件で交換したいのか考える。51歳になったら、52歳も同じか考える。
金融資産が十分増えているなら、今までより自由時間を高く評価してもいいかもしれません。
逆に仕事が楽しく、健康で、人間関係も良いなら、60歳を過ぎても働きたいという結論になるかもしれません。
それでいいです。定年は制度上の区切りですが、自分が人生の自由を使い始める年齢まで会社に決めてもらう必要はありません。
まとめ|定年まで働くかどうかは、お金だけでなく「時間の残高」まで入れて考える
定年まで働くことには大きなメリットがあります。
給与収入を維持でき、厚生年金や社会保険を利用でき、勤務先によっては退職金や福利厚生も積み上がります。
金融資産を取り崩し始める時期も遅らせられるため、お金の安全性を高めたいなら非常に合理的です。
だから、定年まで働くという人生を否定する必要はありません。
ただし人生には、金融資産とは性質の違うもう一つの資産、「時間」があります。
お金は使わなければ来年へ残せます。時間は使わなくても減っていきます。
48歳で使わなかった1年間を、68歳になってから同じ条件で引き出すことはできません。
だからFIREを考えるときには、「あといくら必要か」だけではなく、「自分はいつの時間を自由に使いたいのか」も一緒に考えていいと思います。
40代でしかできないこともあれば、70代だからこそ楽しめることもあります。
若いうちに全部使う必要はありませんし、定年後まで全部取っておく必要もありません。
金融資産を分散するように、「自由時間も人生の複数の時期へ分散して使う」。
完全FIREする前から、有給休暇を使い、仕事との距離を調整し、資産を増やして会社への依存を下げることもできます。
そしてFIREが現実的になったら、「あと1年働けばいくら増えるか」だけでなく、「その1年を自由に使えば何ができるか」も考える。
それでも働く方がいいと思うなら、働けばいい。
自由を選びたいと思うなら、そのための安全性を準備すればいい。
FIREとは、会社を最速で辞める競争でも、証券口座の残高を最大化する競争でもありません。
「自分のお金と自分の時間を、どこへ配分するかを自分で選べる状態を作ること」です。
そう考えると、「何歳でFIREするべきか」という問いより、「自分は、いつまで今の時間を将来の安心と交換したいのか」という問いの方が大切なのかもしれません。
定年まで働けば、金融資産は増えやすい。でも今の自分の時間は、今しか使えません。
その両方をFIRE計画の貸借対照表へ載せておくくらいが、ちょうどいいのだと思います。
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▶ “退職消費パズル”で考える老後の生活費と貯めすぎ問題|現役世代ほど老後不安を大きく見積もる理由 / FIRE計画の羅針盤
・老後へお金を残しすぎる問題を考えた記事です。「お金を貯めすぎる」と「自由時間を先送りしすぎる」を並べて考えると、FIRE後の出口が見えやすくなります。
▶ FIRE直前5年は「退職レッドゾーン」|FIREを7段階で考える“もうすぐ自由”が一番危ない理由 / FIRE計画の羅針盤
・自由を早く使いたくても、FIRE直前には資産を守る設計が欠かせません。相場が悪い時期でも退職後の生活を維持できる準備を整理しています。
▶ 正社員を続けながら「辞めないFIRE」は可能?|ブラック企業・ホワイト企業で変わる“辞めない戦略” / FIRE計画の羅針盤
・仕事を辞めることだけが自由を増やす方法ではありません。会社員の経済的メリットを残しながら、仕事への依存を下げる選択肢を考えています。
▶ FIREまでは遠い…でもFUマネーがあれば会社に魂を売らずに済む / FIRE計画の羅針盤
・完全FIREに届かなくても、資産によって「辞めても困らない」という選択肢を持つだけで、会社との距離は変わります。
▶ FIREの最大の敵「暇」は本当につらいのか?|何もしない自由を愛せる人こそ早期リタイアに向いている / FIRE計画の羅針盤
・自由時間を増やした先で、その時間を自分が本当に楽しめるのか。FIRE後の暇と自由への適性を考えたい方に。
※本記事は、FIREや早期リタイア、退職、転職を推奨・保証するものではありません。働き方の判断は、収入、資産状況、健康状態、職場環境、就業規則、家族構成などによって大きく異なります。
※本文中の「時間の先送りリスク」「時間の現在価値」「自由時間の分散投資」等は、人生設計を考えるために本記事で便宜的に用いている表現であり、金融・経済・医学上の正式な指標や用語ではありません。
※平均寿命、平均余命、健康寿命は人口集団を対象とした統計値であり、個人の寿命、健康状態、活動可能期間を予測するものではありません。
※投資には元本割れのリスクがあります。新NISA、投資信託、株式、債券等を利用する場合は、制度内容、リスク、手数料、税制、家計状況などを確認したうえで、ご自身の判断で行ってください。



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