少し前まで、会社員のキャリアについてよく聞いたのは「ジョブホッピング」でした。
一つの会社へ長くとどまらず、より高い給与、より良い待遇、面白い仕事を求めて転職する。
終身雇用へこだわらず、自分の市場価値を武器に会社を渡り歩く。
特に若い世代では、同じ会社に何十年も勤め続けるより、転職によってキャリアアップする考え方が珍しくなくなりました。
ところが最近、その反対ともいえる言葉が注目されています。
「ジョブハギング(Job Hugging)」です。
Hugは英語で「抱きしめる」という意味なので、直訳すれば「仕事を抱きしめる」。
実際の意味はもう少し切実で、景気や雇用への不安から、多少不満があっても現在の仕事を手放さず、今いる会社へとどまろうとする動きを指します。
2025年ごろから海外で広く使われるようになった言葉で、Korn Ferryも、外部の求人機会への不安やAIによる仕事への影響などを背景として、従業員が現在の仕事を離れなくなる現象として紹介しています。
さらにMetLifeが2026年に公表した米国の調査では、現在の雇用主に残る意向を示した従業員が77%だった一方、56%は「本当に残りたい」というより必要性から残っていると回答し、31%は不確実な労働市場を理由の一つに挙げています。
もちろん米国の調査なので、そのまま日本へ当てはめることはできませんが、「転職してより良い会社へ行こう」から「今ある仕事を失わない方がいい」へ空気が変わっていることは興味深い現象です。
そしてFIREを目指す40代独身会社員として考えてみると、このジョブハギングは案外バカにできません。
「会社が嫌なら転職すればいい」、「やりたい仕事を探そう」、「市場価値を高めよう」、キャリア論としてはきれいです。
しかし40代になり、給料もそれなりに安定し、有休もあり、社会保険もあり、会社によっては賞与や退職金もある。
それなのに、わざわざ今の正社員というポジションを捨てて、新しい会社で一から人間関係と評価を作り直す必要が本当にあるのでしょうか。
まして最終目標が「理想の会社を探すこと」ではなくFIREなら、話はさらに変わります。
会社を愛する必要はありません。会社へ骨を埋める必要もありません。
でも、「自分にとって利用価値がある間は、正社員という椅子へ座り続けてもいい」。
その間に給料を受け取り、生活費を賄い、余剰資金を投資へ回し、「もうこの椅子がなくても生きていける」というところまで資産を作る。
そう考えると、ジョブハギングは単なる「会社にしがみつく人」の話ではなくなります。
「会社につかまっている間に、会社を手放せるだけの資産を作る」、今回はそんなFIRE視点のジョブハギングについて考えてみます。
- ジョブハギングとは?ジョブホッピングの反対に起きている現象
- FIREを目指すなら「理想の会社」より「給料が入る会社」でいい場合がある
- 日本の正社員は意外と「ジョブハギングしやすい」
- 40代になると「今ある椅子」の価値が上がってくる
- ジョブハギングには「恐怖型」と「戦略型」がある
- FIRE版ジョブハギングは「給与を資産へ変換する時間」
- 「会社へしがみつく」と「仕事をしなくていい」は全く違う
- 出世しないことと評価を捨てることも同じではない
- ジョブハギング中でもスキルを完全に腐らせない
- AI時代のジョブハギングには「会社自体がなくなるリスク」もある
- 独身40代はジョブハギングと相性がいい面もある
- ジョブハギングで「会社に忠誠を誓う」必要はない
- 会社の自社株まで抱きしめすぎない
- 正しい「しがみつき方」を整理してみる
- しがみついてはいけない会社もある
- ジョブハギングにも「損切りライン」が必要
- 一番怖いのは「FIREできてもジョブハギングをやめられない」こと
- ジョブハギングのゴールは「会社へしがみつくこと」ではない
- 「転職しない=成長しない」と決めつけなくていい
- 正社員を「保有資産」のように見ると判断しやすい
- FIRE資産が増えるほど「しがみつく力」は弱くていい
- まとめ|会社につかまっている間に、会社を手放せる資産を作る
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ジョブハギングとは?ジョブホッピングの反対に起きている現象
まず、「ジョブハギングとは何か」を整理しておきます。
ジョブハギングは法律用語でも、学術的に統一された厳密な定義がある言葉でもありません。最近の雇用トレンドを表す表現です。
大まかには、「今の仕事に多少不満があっても、転職市場や景気への不安から現在の雇用を手放さないこと」と考えれば分かりやすいです。
少し前まで注目されたジョブホッピングと比べると、方向性が正反対です。
| 項目 | ジョブホッピング | ジョブハギング |
|---|---|---|
| 基本行動 | より良い仕事へ移る | 今の仕事を維持する |
| 重視するもの | 成長・昇給・キャリア | 安定・雇用・生活防衛 |
| 現在の会社への不満 | 転職の理由になりやすい | 多少なら我慢する |
| 外部労働市場への見方 | チャンスがある | リスクがある |
| 会社との距離 | いつでも移れる前提 | 今ある椅子を手放さない |
| 大きな弱点 | 転職失敗・環境悪化 | 停滞・スキル陳腐化 |
どちらが正しいという話ではありません。
転職によって年収が大きく上がる人もいます。職場環境が改善する人もいます。現在の会社が明らかに合っていないなら、転職によって人生が大きく好転することもあるでしょう。
逆に、転職先が現在より良い保証もありません。
給与が上がっても激務になるかもしれません。上司との相性が悪いかもしれません。仕事内容が合わないかもしれません。会社の業績が急速に悪化する可能性だってあります。
だからジョブハギングという言葉が面白いのは、「転職することが前向きで、残ることが後ろ向き」という単純なキャリア観をひっくり返しているところです。
「動かないことにも戦略はあります」、特にFIREを目指しているなら、なおさらです。
FIREを目指すなら「理想の会社」より「給料が入る会社」でいい場合がある
FIREを目指す会社員にとって、仕事には二つの顔があります。
一つは、「人生のかなり長い時間を使う活動としての仕事」、もう一つは、「FIRE資産を作るための安定したキャッシュフローとしての仕事」です。
後者だけを見れば、会社員の給料はかなり強力です。
毎月決まった日に給与が振り込まれる。株価が暴落しても給料は入る。投資信託が含み損になっても給料は入る。円高になっても円安になっても、基本的には給料が入る。
しかもその給料で生活費を支払い、余った部分を新NISAや特定口座などへ積み上げていけます。
FIREを「投資で一発当てて会社を辞めるゲーム」と考えると、どうしても投資利回りへ目が向きます。
しかし実際には、多くの会社員にとってFIRE資産形成の主役は、投資利回りより「給与から生まれる入金力」です。
年収を上げることも大事ですが、それ以上に「給与所得が途切れない」ことが強い。
その意味では、現在の会社が人生最高の職場でなくても、給与が安定している。過度な残業がない。耐えられないほどの人間関係ではない。自分の生活を維持できる。
そして毎月一定額を資産形成へ回せる。この条件が揃っているなら、無理に環境を変える必要はないかもしれません。
「仕事へ夢を求めない代わりに、仕事から資産形成の原資をもらう」、FIREを目指す人にとっては、これも立派な会社との付き合い方です。
▶ FIREは年収より貯蓄率で決まる?|収入と支出の差を広げる40代独身の現実戦略 / FIRE計画の羅針盤
FIRE資産形成では、年収の高さだけでなく「毎年いくら資産へ回せるか」が重要です。給与と生活費の差からFIREまでの距離を考えたい方はこちらで整理しています。
日本の正社員は意外と「ジョブハギングしやすい」
そして日本でジョブハギングを考えるなら、無視できないのが「正社員という雇用形態の強さ」です。
ここで「日本では正社員なら絶対にクビにならない」と言うつもりはありません。
業績悪化による人員整理もありますし、勤務上の重大な問題があれば解雇に至るケースもあります。企業そのものが倒産すれば、雇用も維持できません。
ただし、日本では使用者が正社員を好きなときに自由に解雇できるわけでもありません。
厚生労働省も、労働契約法第16条について、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には権利濫用として無効になると説明しています。
また、原則として解雇には30日前の予告、または不足日数に応じた解雇予告手当も必要です。
つまり日本の無期雇用の正社員は、少なくとも「会社の気分一つで明日から来なくていい」と簡単に処理できる存在ではありません。
さらに正社員として働いていると、給料だけでなく、厚生年金。健康保険。有給休暇。傷病手当金などの制度。会社によっては賞与。退職金。福利厚生。各種休暇制度。などがセットになっています。正社員は原則として社会保険の加入対象でもあります。
もちろん会社ごとの差は大きいです。それでも、自分から正社員を辞めるということは、単純に「毎月の給料を捨てる」だけではありません。「一度にいくつもの生活インフラを手放す」ことでもあります。
そう考えると、「40代なんだからもっと挑戦しろ」、「同じ会社へ長くいるのは時代遅れ」と言われたからといって、条件の悪くない正社員ポジションを簡単に捨てる必要はないです。
むしろFIREを目指しているなら、「取れる給料は取り、使える制度は正当に使い、資産が完成するまで正社員という堤防の内側にいる」ことは、かなり合理的です。
40代になると「今ある椅子」の価値が上がってくる
20代なら、転職で失敗してもやり直せる時間が長くあります。
30代でも、経験を生かして別の会社へ移る選択肢は多いでしょう。
40代ももちろん転職できます。しかし、若い頃とまったく同じ感覚で「気に入らなければまた転職」と考えるのは少し違ってきます。
求められる経験も増えます。管理職経験を期待されることもあります。年収が高くなっていれば、それに見合う成果も求められます。転職によって年収が上がる場合もあれば、下がる場合もあります。
そして何より、40代はFIREを目指している人にとって資産形成の重要な終盤戦になりやすい年代です。
たとえば45歳で、あと7~10年会社員を続ければFIRE圏内へ入れそうだとします。
現在の会社が、給料はそこそこ。残業もそこそこ。嫌な部分はある。しかし致命的ではない。という状態だった場合、本当にここで転職ガチャを回す必要があるのでしょうか。
転職先の年収が100万円上がる可能性もあります。しかし仕事量が1.5倍になる可能性もある。
通勤が長くなるかもしれない。試用期間中に「何か違う」と感じるかもしれない。人間関係が悪化するかもしれない。
もちろん逆にすべて良くなる可能性もあります。
問題は、FIREを目指している人にとって「キャリアの最終目的が出世ではない」ことです。
部長になることより、会社がなくても暮らせる資産を作る方が重要なら、判断基準も変わります。
40代以降では、「この会社でどこまで上へ行けるか」より、「この会社をあと何年、安全に利用できるか」という見方があってもいいと思います。
ジョブハギングには「恐怖型」と「戦略型」がある
ただし、ここで重要な線引きがあります。会社に残ることがすべて合理的なわけではありません。
私はジョブハギングを、大きく二つに分けて考えた方がいいと思います。
「恐怖型ジョブハギング」と「戦略型ジョブハギング」です。
| 項目 | 恐怖型ジョブハギング | 戦略型ジョブハギング |
|---|---|---|
| 会社に残る理由 | 辞めるのが怖い | 残る方が今は得 |
| 資産形成 | 特に進んでいない | 毎月着実に進める |
| 会社への依存 | 年々強くなる | 年々弱くする |
| スキル | 会社固有の仕事だけになる | 最低限の市場性を残す |
| 働き方 | ただ耐える | 職務を果たしながら消耗を抑える |
| 辞める条件 | 決まっていない | 大まかな基準がある |
| 最終状態 | 会社なしでは生きられない | 会社がなくても生きられる |
同じように10年間会社へ在籍していても、結果はまったく違います。
何となく怖くて辞められず、給料は全部使い、会社固有の仕事だけを続け、50代になったときに初めて将来を心配する。これはかなり危ないジョブハギングです。
一方、「今の会社は完璧ではない。でも年収、勤務時間、福利厚生を考えれば、あと数年残る価値がある」と判断し、毎月資産を積み上げていく。こちらは戦略です。
「会社へ残ることそのものが目的になっているか、会社へ残っている時間を何かへ変換しているか」、違いはここです。
FIRE版ジョブハギングは「給与を資産へ変換する時間」
FIRE視点では、会社員として残る時間に明確な役割を持つことになります。
それは、「給与所得を金融資産へ変換すること」です。
給料が振り込まれる。生活費を使う。余剰資金を投資・貯蓄へ回す。資産が増える。資産から得られる配当や値上がり益、将来取り崩せる元本が大きくなる。会社への依存度が少し下がる。この繰り返しです。
会社員を続ける期間が長くなるほど、普通なら会社への依存は強まりそうに見えます。
しかしFIREを目指して資産を増やしているなら、逆の現象が起こります。
「会社へ在籍しているのに、会社への依存度は毎年下がっていく」、これがFIRE版ジョブハギングの一番面白いところです。
最初は、会社がなくなったら来月の生活費に困る。次に、会社がなくなっても半年くらい平気。
さらに、数年間なら平気。そして最後には、「会社がなくなっても特に困らない」となる。
同じ会社に同じように出勤しているので、外から見れば何も変わりません。
しかし本人の中では、会社と自分の力関係が少しずつ変わっています。
これこそ、FIRE資産形成の大きな意味だと思います。
「会社へしがみつく」と「仕事をしなくていい」は全く違う
ジョブハギングという言葉だけを見ると、「会社へしがみついて、なるべく仕事をせず、給料だけもらえばいい」という話に見えるかもしれません。
もちろん違います。会社と労働契約を結んで給与を受け取っている以上、自分の職務を果たす必要があります。
業務命令に従う。就業規則を守る。必要な仕事をする。情報管理を守る。勤務時間を私用へ勝手に使わない。こうした基本は当然です。
むしろ、戦略的にジョブハギングするなら「余計な懲戒リスクを作らないことの方が大切」です。
FIRE直前に会社とのトラブルを起こし、自分から安定収入を失うほどもったいないことはありません。
ですから、出世競争から距離を置く。必要以上の社内政治へ参加しない。無理な自己犠牲をしない。と、職務を放棄する。意図的にサボる。会社設備を私用で使う。規則違反をする。は言うまでもなく完全に別物です。
戦略的ジョブハギングとは、頑張らないことではなく、「必要以上に会社へ人生を差し出さないこと」だと思います。
出世しないことと評価を捨てることも同じではない
FIREを目指していると、「どうせ辞めるのだから人事評価なんてどうでもいい」と考えたくなることがあります。
気持ちは分かります。しかし、これもやりすぎると損です。
評価が下がれば、賞与が減る。昇給が止まる。希望しない異動の可能性が高まる。仕事がやりにくくなる。場合によっては居心地そのものが悪くなる。
つまり「FIRE資産を作るためのキャッシュフロー装置としての性能が落ちます」。
出世競争へ全力参加する必要はありません。しかし、「『この人は普通に仕事を任せられる』程度の信用は維持する」、これはかなり重要だと思います。
100点を狙う必要はない。でも20点になって自分の椅子をぐらつかせる意味もない。
戦略的ジョブハギングでは、会社員としての評価は「自己実現」ではなく、「雇用を安定させるメンテナンス費用」くらいに考えるとちょうどいいかもしれません。
ジョブハギング中でもスキルを完全に腐らせない
もう一つの注意点は、「長く同じ会社へいるほど、スキルが会社固有になりやすい」ことです。
社内システムには詳しい。社内ルールにも詳しい。社内の誰へ話を通せば物事が進むかも分かる。
しかし外へ出ると、その知識の多くが使えない。これは長期勤続の弱点です。
FIREまであと2年なら、それほど問題にならないかもしれません。
しかしあと10年、15年あるなら、完全に外部市場から切れてしまうのは少し怖い。
だからといって、毎晩資格学校へ通って転職戦闘力をMAXにする必要もありません。最低限でいいです。
仕事で使う一般的なデジタルツールについていく。AIなど新しい技術を完全に拒否しない。履歴書に書ける仕事を一つ二つ把握しておく。自分が何をやってきたか記録しておく。業界外でも通じる経験が何か考えておく。これだけでも違います。
ジョブハギングは、「会社の外へ出ないことではなく、今は出ないこと」です。
必要になったとき外へ出られる程度の扉は残しておいた方が安全です。
AI時代のジョブハギングには「会社自体がなくなるリスク」もある
最近のジョブハギングが注目された背景の一つには、「AIによる雇用不安」があります。
Korn Ferryも、AIが仕事内容や人員へ与える影響への不安を、仕事を手放しにくくする背景の一つとして挙げています。
確かに、「AIで仕事が減るかもしれない」と思えば、今ある正社員ポジションを手放したくなくなるのは自然です。
しかし、ここには逆説があります。
「AIが怖いから会社へしがみついた結果、その会社で自分の仕事がなくなる」可能性もある。
ジョブハギングは会社の倒産や事業縮小まで防いではくれません。
だから、正社員であることを安全神話にしてはいけません。
今の会社へ残る。同時に資産を作る。最低限のスキルも維持する。生活費も膨らませすぎない。この複数の防御を持つことが重要です。
一本の柱へ全体重を預けるのではなく、柱を何本か持つ。FIRE資産はその中でもかなり強い一本になります。
独身40代はジョブハギングと相性がいい面もある
独身の場合、家計は一馬力です。配偶者の収入がないので、自分の給与がなくなれば世帯の給与所得が一気にゼロになる可能性があります。その意味では、正社員を自分から手放すリスクは大きいです。
一方で、独身には身軽さもあります。子どもの教育費を考えなくてよい人もいる。住む場所を自分で決めやすい。生活費の調整も自分だけでできます。FIRE目標額も自分の生活だけを基準に設計できます。
だから40代独身なら、「正社員の安定性を最大限利用しながら、独身の身軽さで貯蓄率を上げる」ことは、かなり相性がいい戦略です。
会社へ残っている期間を「人生の停滞」と考えるのではなく、「最後の資産形成期間」と考えることもできます。
あと5年なら5年。あと8年なら8年。会社員としての時間に終わりが見えてくると、同じ職場でも少し見え方が変わるかもしれません。
ジョブハギングで「会社に忠誠を誓う」必要はない
日本の会社では、長く在籍していると、「会社との心理的な距離が近くなる」ことがあります。
会社の業績を自分のことのように心配する。会社の都合を自分の生活より優先する。退職すると仲間を裏切るような気になる。
しかし雇用関係は、本来かなりシンプルです。
会社は労働の対価として給与を払う。従業員は契約した仕事をする。それで成立します。
会社が従業員の人生すべてを保証してくれるわけではありません。
従業員も会社へ人生すべてを捧げる義務はありません。
ですから、「待遇が悪くないから残っています」でも十分です。
仕事へ情熱を持っていなくてもいい。企業理念へ心から感動していなくてもいい。定年まで忠誠を誓っていなくてもいい。
給与と仕事内容と勤務時間のバランスが自分にとって有利だから在籍している。かなり普通の経済合理性です。
「会社が社員を経営合理性で見るなら、社員も会社を生活合理性で見ていい」、私はそう思います。
会社の自社株まで抱きしめすぎない
FIRE視点で一つ追加しておきたいのが、「勤務先と投資資産の集中」です。
これは意外に見落としやすいところです。
会社員はすでに、給与。賞与。退職金。場合によっては企業年金。という大きな部分を勤務先へ依存しています。
そこへ持株会などで勤務先の株式まで大量に持つと、「人的資本と金融資産の両方を同じ会社へ集中する」ことになります。
会社が絶好調なら問題ありません。しかし業績が悪化した場合、賞与が減る。給与が伸びない。リストラの不安が出る。そして持ち株も下がる。ということが同時に起こる可能性があります。
ジョブハギングで勤務先へ雇用を預けるなら、金融資産まで全部同じ会社へ預ける必要はありません。
FIRE資産はむしろ、勤務先とは違う世界へ分散しておく方が、会社依存を減らすという目的には合っています。
正しい「しがみつき方」を整理してみる
ここまでを踏まえると、FIREを目指す会社員のジョブハギングには、いくつかコツがあります。
| しがみつき方 | 考え方 |
|---|---|
| 最低限以上の仕事はする | 自分から雇用リスクを作らない |
| 出世を人生の目的にしない | 役職よりFIRE資産を優先してもいい |
| 給与から毎月資産へ移す | 在籍期間をFIRE資産へ変換する |
| 生活水準を上げすぎない | 昇給をそのまま固定費へ変えない |
| スキルを完全に腐らせない | 必要なら外へ出られる余地を残す |
| 会社以外へ資産を分散する | 勤務先への集中リスクを減らす |
| 健康を犠牲にしない | FIRE前に体を壊したら意味がない |
| 辞める条件を持つ | しがみつくこと自体を目的にしない |
ポイントは、「会社員を続けながら会社員以外でも生きられる準備を進めること」です。
一見矛盾しています。でも、それこそジョブハギングとFIREの相性がいい理由です。
しがみついてはいけない会社もある
ここまで読むと、「ではFIREできるまで何があっても会社へしがみつけばいい」と思うかもしれません。
それも違います。正社員という椅子に価値があるとしても、椅子そのものが燃えているなら降りた方がいい場合があります。
例えば、心身の健康を明らかに損なっている。深刻なハラスメントが続いている。違法行為への関与を求められる。給与の遅配など会社の経営に重大な不安がある。働き方が生活そのものを壊している。会社の事業が急速に縮小している。このような場合です。
特に「健康」は重要です。FIRE資産を300万円増やすために体を壊し、その後何年も治療へ時間とお金を使うのでは本末転倒です。
ジョブハギングは「耐久レース」ではありません。「残るメリットが、残るコストを上回っている間だけ使う戦略」です。
職場での不当な扱いやハラスメント、心身の不調等がある場合は、FIRE達成を優先して我慢するのではなく、社内外の相談窓口、労働局、医療機関、専門家などへ相談することも選択肢になります。
ジョブハギングにも「損切りライン」が必要
投資では、損失が広がっているのに「いつか戻る」と持ち続けることがあります。
仕事も似ています。「ここまで20年いたから」、「あと少しだから」、「今辞めたらもったいないから」、そう考えて、条件がどんどん悪くなっても残り続ける。
これでは戦略的ジョブハギングではなく、単なる「サンクコスト」です。
そこで、事前に「会社を離す条件」を大まかに持っておくといいと思います。
| 状況 | 考え方 |
|---|---|
| 健康が明確に悪化した | 資産額より健康を優先する |
| ハラスメント等が改善しない | 相談・異動・休職・退職を含めて検討 |
| 給与が大幅に低下した | 残る経済合理性を再計算する |
| 会社の経営が悪化した | 希望退職等も含め早めに選択肢を確認 |
| 仕事の市場性が急速に消えている | 最低限のスキル更新を考える |
| FIRE資産が十分にできた | そもそも残る必要があるか再確認する |
| 今の仕事より明らかに良い選択肢が出た | ジョブハギングへ固執しない |
辞めるラインを一円単位で決める必要はありません。
大切なのは、「私は会社へ永遠にしがみつくわけではない」と自分で分かっていることです。
一番怖いのは「FIREできてもジョブハギングをやめられない」こと
そしてジョブハギングには、FIREを目指す人ならではの最大の罠があります。
資産が増える。最初は1000万円。2000万円。3000万円。目標額へ近づいてくる。
ところが、いざ会社を辞められる状態になっても、「あと一年働けばもっと安心だ」となります。
一年後。資産はさらに増えました。でも、「相場が少し不安だから、もう一年」となる。
さらに一年。今度は、「退職金が増えるから」、「次の賞与だけもらってから」、「50歳まで働いた方が区切りがいい」、理由はいくらでも作れます。
ここでジョブハギングが逆転します。もともとは、会社を辞められる資産を作るために会社へ残っていた。
ところが資産が完成した後は、「会社を辞めるのが怖いから資産額を増やしている」、目的と手段が入れ替わります。
これは結構怖いと思います。資産形成は数字なので、終わりがありません。
5000万円より6000万円の方が安全です。6000万円より7000万円。7000万円より1億円。1億円より1億2000万円。理論上、いくらでも安心を買えます。
しかし人生の時間は減っていきます。だからFIRE版ジョブハギングには、「抱きつく力」だけでなく「手を離す力」も必要です。
ジョブハギングのゴールは「会社へしがみつくこと」ではない
ここまで考えると、FIREを目指す人にとってジョブハギングの意味がかなり変わってきます。
「会社へしがみつく」、という言葉には、どうしても情けない印象があります。
転職できない人。会社がないと生きていけない人。変化を怖がる人。そんなイメージです。
でも、戦略的にやるなら逆です。今の会社にいるメリットを冷静に利用する。
給与を受け取る。社会保険や福利厚生も利用する。職務は普通に果たす。無理な出世競争には乗らない。生活水準を膨らませない。余剰資金を資産へ変える。会社の外でも使える最低限の能力を残す。
そして毎年、「会社がなくても生きていける状態へ近づく」、この場合、会社にしがみついているように見えて、実際には「会社から少しずつ離れている」わけです。
だから私は、FIRE版ジョブハギングをこう考えたいです。
「会社へ抱きつく戦略ではなく、会社の力を借りて自分の足で立てるようになるまでの戦略」、これなら、かなり印象が変わります。
「転職しない=成長しない」と決めつけなくていい
キャリア論では、転職しないことが保守的に見られることがあります。
同じ会社に何十年もいると市場価値が下がる。外へ出なければ成長できない。一理あります。
しかし、人生の目標は人によって違います。会社員として役員を目指す人。専門職として市場価値を極限まで高めたい人。起業したい人。
そして、できるだけ早く経済的自立を作って会社員生活から離れたい人。同じキャリア戦略になる方が不思議です。
FIREを目指す40代にとって、「転職しないことで得られる安定収入と精神的余裕の方が、転職によるキャリアアップより価値が高い時期」もあり得ます。
特に現在の会社がそれほど悪くないなら、わざわざ人生の難易度を上げる必要もありません。
FIREまで残り5年なのに、転職して半年間仕事を覚え直し、新しい人間関係を作り、昇進競争へ再参戦する。それが楽しいならいいです。
でも「世間では転職した方が成長できると言われているから」という理由だけなら、少し考えた方がいいでしょう。
正社員を「保有資産」のように見ると判断しやすい
少し変な言い方ですが、私は正社員という立場を一種の「生活資産」として考えると分かりやすいと思います。
金融資産ではありません。売却もできません。しかし毎月キャッシュフローを生み、生活を安定させます。
| 正社員というポジションが生むもの | FIREへの意味 |
|---|---|
| 毎月の給与 | 生活費+投資原資 |
| 賞与がある場合 | 大きな追加投資原資 |
| 厚生年金 | 老後収入の土台 |
| 健康保険 | 現役中の生活保障 |
| 有給休暇 | 時間と給与を同時に確保 |
| 福利厚生 | 自己負担支出を減らす場合がある |
| 信用力 | 賃貸・ローン・クレジット等で有利な場面がある |
| 退職金がある場合 | FIRE時の追加資産 |
もちろん、それと引き換えに時間と労働力を渡しています。だから無条件に得ではありません。
でも現在の会社が、そこそこ給料がいい。そこそこ休める。そこそこ安定している。そこそこ耐えられる。なら、その「そこそこ」がFIREでは強いことがあります。
人生最高の仕事ではなくても、「資産形成期の優良インフラ」にはなり得るからです。
FIRE資産が増えるほど「しがみつく力」は弱くていい
そして最後はここへ戻ります。ジョブハギングという言葉は、仕事へ強く抱きついている姿を想像させます。
しかし「FIREを目指すなら、本当は年々握力が弱くなっていく方がいい」です。
資産が少ない時期は、両手で会社へ抱きついている。少し資産が増えれば、片手でも大丈夫になる。
さらに増えれば、指先だけでも平気になる。そしてFIRE資産ができたら、手を離しても立っていられる。この状態が理想です。
会社への忠誠心を高めることがジョブハギングではありません。会社へ依存し続けることでもありません。
むしろ、「今の雇用を利用しながら、雇用がなくても困らない自分へ変わっていく」、これがFIREを目指す会社員にとってのジョブハギングです。
まとめ|会社につかまっている間に、会社を手放せる資産を作る
ジョブハギングとは、「転職市場や景気、AIによる雇用への不安などから、現在の仕事を簡単には手放さず、今の会社へとどまる動き」を表す言葉です。
一見すると、変化を怖がって会社へしがみついているだけにも見えます。
しかしFIREを目指す40代会社員なら、別の使い方ができます。
今の正社員というポジションに経済的なメリットがあるなら、無理に捨てない。
給料を受け取る。社会保険などの制度を利用する。必要な仕事はきちんとする。生活水準を上げすぎない。余剰資金を資産へ変える。最低限のスキルは残す。
そして少しずつ会社への依存度を下げていく。これなら「転職しない」は停滞ではありません。
「会社員という安定した土台を、経済的自立へ変換する期間」です。
もちろん、健康を壊すほどつらい仕事へしがみつく必要はありません。
ハラスメントや重大な職場問題があるなら別です。
会社の経営が危ない場合もあります。明らかに有利な転職先が出てくることだってあります。
だからジョブハギングそのものを正解にする必要はありません。
大事なのは、「怖いから会社を辞められない」のか、「今は会社に残る方が自分のFIRE計画に有利だから残っている」のか。この違いです。
前者なら、会社への依存は続きます。後者なら、会社へ在籍するほど資産が増え、会社への依存は減っていきます。
そしていつか、会社から給料をもらわなくても生活できる。嫌な異動なら断ることも考えられる。希望退職が来ても慌てない。辞めたくなれば辞められる。そんな状態まで来る。そこまで行けば、ジョブハギングの役割は終了です。
ジョブハギングとは、会社に一生しがみつく戦略ではなく、「会社につかまっている間に、会社を手放せるだけの資産を作る戦略」です。
転職してキャリアアップすることだけが前向きではない。何も考えず会社へ残ることだけが保守的でもない。
40代からの働き方では、「動かない」という選択にも合理性があります。
独身中年おじさんとしては、会社と熱い抱擁を交わしたいわけではありません。むしろ最終目標は逆です。
正社員というありがたい椅子にしばらく座らせてもらい、その間にせっせと資産を作る。
そしていつの日か、「もう一人で立てるので、この椅子は結構です」と言えるところまで行く。
それがFIREを目指す会社員にとって、一番健康的なジョブハギングなのではないでしょうか。
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※本記事は、現在の勤務先への残留、転職、退職、FIRE、早期リタイア等を一律に推奨・否定するものではありません。働き方の判断は、収入、資産状況、健康状態、職場環境、仕事内容、家族構成、雇用市場等によって大きく異なります。
※本記事は、勤務時間中の私用、副業、投資行為、意図的な職務放棄、会社設備の私的利用、社内情報の持ち出しその他の就業規則・法令に反する行為を推奨するものではありません。雇用を維持する場合は、労働契約、就業規則及び会社のルールを守り、必要な職務を果たすことが前提です。
※職場でハラスメント、不当な扱い、違法行為、心身の不調等がある場合は、「FIRE資産が貯まるまで我慢すべき」と考える必要はありません。必要に応じて勤務先の相談窓口、都道府県労働局、医療機関、弁護士その他の専門家等への相談を検討してください。
※本記事中の解雇や社会保険に関する説明は一般的な制度の概要であり、個別の法的判断を示すものではありません。具体的な労働問題については、最新の法令・行政情報を確認し、必要に応じて専門家へ相談してください。
※投資には元本割れのリスクがあります。新NISA、投資信託、株式、債券等を利用する場合は、商品内容、リスク、手数料、税制、家計状況等を確認したうえで、ご自身の判断で行ってください。



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